新しい棟梁
果実園を抜けるように南に歩く。
この整備された道は、懐かしさを抱かせる。
何処にでもあるような、それが故郷の何処かのような、そういう雰囲気。
さわやかな甘みを感じさせる匂いは、チェリー、桃だろう。
だが、その誘惑に手を伸ばせば大変なことになる。
ミヤマの屋敷の門が見えてきた。
その門をくぐると相変わらずのシキガミたちのお出迎え。
昼間ならば、その朧げな姿を見ることも叶うが、夜、突然、出会ったならば、と、思うと何時みてもぞっとする。
番犬代わりに放たれている以上、想像以上の戦闘能力があるはずだ。
玄関に辿り着き、打ち板を鳴らす。
キモノ姿の案内嬢が現れ、二人を歓迎する。
「アイシャ様、シャアリィ様、ようこそおいでくださいました」
アイシャが変化に気付く。
「今日は鍛冶をしていないのか?」
何時もならば聞こえてくるはずの職人たちの振るう槌の音がない。
木を削る音も、薪を割る音も、なにもない。
「まずは、おあがり下さい」
説明のないままに当主の座敷へと通される。
「アイシャ・セロニアスにございます」
その時、紙の扉の向こうから小さな咳が聞こえた。
少しばかり間を置いて、ミヤマからの返答が戻ってくる。
「よくぞ参られた客人よ」
「遠慮なく入られよ」
ミヤマの言葉に従い、室内に入ろうと紙の扉を開けると、何時ものようにミヤマが足を投げ出して座っていた。
「アイシャ、済まない、少々、風が冷える」
「速やかに扉を閉めてもらえないか」
シャアリィとアイシャは、足早に入室し、扉を閉めた。
「久しぶりだね」
「おお、随分と見違えたな」
「私の刀は役に立っているか?」
そう問うミヤマの顔色は血色が悪い。
「はい、相変わらずの無鉄砲ですが、先生の刀で凌いでおります」
「お体・・・よろしくないのですか?」
アイシャは愛想も程々にミヤマの心配をする。
シャアリィも、ミヤマの顔色の悪さに表情を曇らせる。
「まぁ、良くはないな」
「私もそろそろ年だ」
「今日、会えたのは実に喜ばしい」
あのミヤマが弱音を吐くなど、考えもしなかった。
ミヤマが柏手を二回打ち鳴らす。
奥の扉が開き、ミヤマと似た装束を纏った年若い青年が入ってきて、主に一礼、シャアリィとアイシャに一礼して、ミヤマの横に正座する。
ミヤマは掌で青年を差し示し、
「この者が私の後継者、次期棟梁のテッシュウ」
「私の甥にあたる者、私は引退するよ」
紹介されたテッシュウは、シャアリィとアイシャに頭を深々と下げ、
「齢三十五の若輩でありますが、誠心誠意、刀に身を捧げます」
「ご贔屓、ご鞭撻賜りたく、何卒、宜しく願います」
と、仰々しい挨拶をした。
世代交代。
それは、職人の世界ではよくある話だが、一抹の寂しさをアイシャは隠しきれない。
「ご丁寧な挨拶頂戴致しまして、有難うございます」
「ミヤマの刀剣を継がれるのは至極の名誉と存じます」
「こちらこそ精進を欠かさず使い手として恥じぬよう在りたいと思います」
さて、
という、ミヤマの温和な声に緊張が解かれる。
「テッシュウ、ここからの話は、ここだけの話」
「誰にも語ってはならんよ?」
と、前置きして、ミヤマが語り始める。




