アンナの頼み五
アンナが現在、抱えている仕事は四つ。
教会からのオーダーが一つ、残りは領主府からのもの。
二つに関しては既に完成の目途が立っており、残り二つのうち、一つは手付かず。
その理由が材料の調達。
アンナの邸宅の掃除は随分と捗った。
生活魔具という便利アイテムのおかげだ。
洗濯機、食器洗浄機、衣類乾燥機、掃除機、熱調理機、芝刈り機、湯沸かし器、空調機まで揃えて、みるみるうちに快適になった。
既にあの魔境は存在しない、と、言いたい所だが、機械にも限界はある。
書斎だけは、やはり、散らかるのだ。
しかし、本というものは、魔石を用いた生活魔具よりも、遥かに高価で貴重なもの。
そして持っているだけで所有欲も満たされるのだから、それを解決するのは難しい。
「んで、ご所望の材料は?」
と、シャアリィがアンナに問う。
「真っ先に口にした通り、タウロスの角とラミアの鱗」
「あとはスネーク類かリザードの皮、アラクネの爪先を三つ程」
「それと・・・小さなもので構わないから風の魔石もあると嬉しいね」
「職人ギルドへの売却査定と同じ額で買い取らせてくれ」
「舟賃は立替えておいてくれたら、あとで精算するよ」
シャアリィとアイシャにしてみれば、それならば文句はない。
どのみち、素材の売り先は職人ギルドなのだし、安値で買い叩かれる心配もない。
問題は、タウロスの角が嵩張り過ぎることくらいだ。
まぁ、二回も足を運べば、それも事足りる。
了解した、と、アイシャが手短に返答し、ローマン島に向かう舟を探す。
どうやら、定期便のようなものはなく、フリーの船頭に依頼するしかないらしい。
この島の周辺では、セイレーンは既に絶滅しており、手漕ぎボートでも島に渡るのに苦労はない。
ローマン島は近いこともあり、行きは二艘の手漕ぎボートで渡り、島に一艘を残す。
帰りは自力でボートを漕いで帰る。
よって行きの舟賃と借りるボートの保証金、ボートの借用代金が掛かる。
巨像島であれば、現地に滞在する船頭がいる為、保証金やボートの賃料は必要ないが、客足の少ないローマン島や、巨像島以外の諸島に向かうには、この方法が一般的らしい。
そういう面でも、やはり巨像島が人気なのだろう、と、アイシャは思った。
初めて入る迷宮。
シャアリィとアイシャは、一度、冒険者ギルドに立ち寄り、ギルド発行の迷宮地図を手に入れた。
六枚一組の迷宮地図は、四層目からちらほらと未踏破領域があり、その空白に、シャアリィが興味を示す。
だが、今回はあくまでオーダーされた素材の採集が目的。
そして、その後も、巨像島でのレベル上げが目的なのだから、ローマン島のエンダーベルト迷宮の踏破は二の次、三の次、否、目的外。
現地について二人が思ったのは、冒険者があまり来ない割には環境が整備されていること。
船着場には、ちゃんとボートの係留設備があり、高波対策もされている。
それに原生林を通る迷宮までの道も、人が歩いて行ける程には慣らされている。
アイシャがシャアリィに告げる。
「罠の印は少ないけれど、潜ってみなければアテにならない」
「私が先行、シャアリィは後方を警戒してね」
「浅い層でリザードマンやスネークに遭遇すると思うから、最初から気を抜かずに」
「どんなにちっぽけな迷宮でも、そこは私達の知らない世界」
「慎重に行きましょう」
勿論、シャアリィも理解している。
アーシアンでルーキーをしていた頃とは、覚悟も違う。
迷宮を舐めて掛かれば簡単に命を落とすと、グリーンノウズで十分に味わった。
敵は魔物だけじゃない、と。
「了解」
と、短く返答し、ホルダーに刺したダガーとワンドを確認する。
人の出入りがどれくらい途絶えているのか、わからないが、狭い侵入通路に入った瞬間に、この迷宮の活性はかなり高いと二人は肌で感じた。
それは迷宮の通路に満ちる仄かな灯りでも分かる。
一層から十分な光量があり、不燃カンテラを出す必要もない。
最初の玄室から、当たりを引く。
「リザードマン、当たりだ」
と、アイシャが嗤い、シャアリィも又、ふふっと幸先の良いスタートに声を漏らした。
皮を持ち帰ることを考え、普段ならあまりやらない頭部への攻撃をアイシャが選択する。
それを見ていたシャアリィも、背中になるべく傷を入れないように弱い術式を選ぶ。
四匹のリザードマンを仕留めるまでに僅か二分。
「ここからが面倒だね」
「丁寧にリザードの皮を剥ぎ取るなんて、やったことがない」
「シャアリィ、ちょっと時間が掛かるから、周囲の警戒を頼む」
と、アイシャに言われたシャアリィが、
「わかったよ」
と、応じ、暫く無言で、作業と警戒を続けた。




