アンナの頼み二
日没。
アンナの寝室にアイシャは足を踏み入れる。
一言で言うならば、その部屋は『魔境』だった。
足元には何日分のものかわからない程に衣服が散乱し、その隙間からは本が顔を出している。
それどころか、食器や飲料の瓶、作りかけの武具まで転がっている始末。
「アンナ、日が暮れた」
「食事に行こう」
「さぁ、起きてくれ」
アイシャの呼び掛けに目を覚ましたアンナは、恥じらいもなく、
「そんな時間か」
「少し寝たりないが、時間は有限」
「仕事の塩梅はどうだね?」
等と返す。
「今日は、書斎とバスルームが終わった」
「ミーティングを兼ねて食事に行かないか?」
さらにアイシャが外出を促すと、アンナは気怠そうに言う。
「面倒だよ」
「冷蔵庫にあるものを適当に刻んで、適当に味付けしてくれればいい」
「飲み物も、パンも、まだあるだろう」
アイシャはアンナの毛布を引っぺがすように取り上げる。
「私達だって腹が減ってるんだよ」
「今日くらい付き合いなよ」
「シャアリィも待ってるん、だ!」
毛布の下は全裸だった。
それも見事なプロポーション。
思わず、アイシャは、
「済まない」
「まさか、裸とは思っていなかった」
と、謝罪し顔を背ける。
アンナは、少しばかり嫌な顔はしたが、渋々と返事をする。
「服を着るのも面倒な私が食事に付き合うのだから、奢りなよ」
そう言われればアイシャも断れない。
「わかった、今日の食事は私が支払う」
「だが、これから、掛かる経費は請求するからな」
「労働を提供し、経費まで私達が払うのでは、割に合わない」
アンナは、
「勿論さ」
と、言いながら下着に足を通す。
「すぐに、工房に行くから、そこで待っててくれ」
そう言われたアイシャは、アンナの寝室を出て、シャアリィと共に工房に向かった。
工房は工房で凄まじい。
木片、木屑、それに交じってキラキラと光っているのは、恐らく宝石の小さな破片だろう。
小さな溶工窯からは、鉄の匂い。
テーブルの上に雑多に置かれた工作用の道具。
部屋の角だけが綺麗に片付けられていて、そこには一脚のソファ。
そのサイドテーブルの上には、酒とグラス。
シャアリィの口から、思わぬ感想が零れた。
「なんだか、寂しい部屋だね」
「ずっと、此処で一人で黙々と武具を作っているのかな」
アイシャは、シャアリィの言葉には同意できない。
アンナの孤独は、アンナの性格や素行に起因するものだろう。
それに、彼女は孤独であっても寂しいという感情とは無縁ではないのだろうか、と。
「シャアリィは、私と会う以前、寂しかった?」
問われたシャアリィは、少しの時間、目を閉じて考えた。
「・・・寂しい、とか、知らなかった」
「ああ、そうか・・・アンナもそうなのかも知れないね」
「この感情は、アイシャと会って価値観が変わったせいかも」
「じゃあ、やっぱり、単なる面倒くさがりだ」
どちらが正しいのかは分からない。
だが、アンナに直接問えば、寂しいという言葉は出ないだろう。
例え、そう思っていたとしても。
「根性曲がり、か」
と、アイシャの口からも、感想が零れた。




