まだ間に合う
フランコがシャアリィの耳元で怒鳴る。
「シャアリィ、魔石を使え!」
「時間がない、まだ、やつの身体が残っているうちに、早く!」
アイシャには、その意味がわからない。
シャアリィは、ゆらりと身体を起こし、融合個体の魔石をポケットから取り出す。
そして、それを額に当て、
「術式解放」
と、宣言した。
まるでそれしかわからないかのように、虚ろな目のままに。
アイシャの下で乾涸び始めた『廃棄の王』の身体を視界に捉え呟く。
「治せ」
『廃棄の王』の残骸が、悍ましく波打ちシャアリィの元に集まって来る。
肩先からぐるぐると螺旋を描き、腐肉がシャアリィの腕を形成し始める。
シャアリィの神経が腐肉の塊の中で伸びてゆく。
次の瞬間、シャアリィの身体を凄まじい痙攣が襲う。
「うううううう、腕が・・・熱ぃい!」
「アイシャ、傍にいて・・・私を捕まえてて!」
「痛い痛い痛い痛い、なんでなんでなんでなんで、こんなにっ!」
「もうだめ、切り落として!」
「無理だ・・・こんなの・・・」
震える声で、涎と涙に塗れ、嗚咽と悲鳴に顔を歪ませて、シャアリィが藻掻く。
アイシャはシャアリィの華奢な身体の横から、自分の身体を重ねて、強く抱きしめながら髪を撫でる。
アイシャの顔も、涙が溢れ、シャアリィの悲鳴に心を軋ませる。
じゅくじゅくと、ぎちぎちと、ぐねぐねと。
骨が作られ、筋肉が修復され、血が通う。
「フランコ、せめて、眠らせるか、感覚遮断を・・・」
アイシャの悲痛な嘆願に、フランコが首を横に振る。
「ひとつの治癒術式が作用している時には、使えないよ」
「使えば最悪、シャアリィは死ぬ」
・・・
やがて音は止み、シャアリィは痛みで気を失った。
フランコは、再度、エンジェリック・ヒールを使い、シャアリィの腕の傷さえもが消えた。
アイシャが今更のように問う。
「融合個体の魔石の術式・・・あれって一体何なの?」
フランコは一瞬口籠ったが、その効果をアイシャに話す。
「リバース・ボディ」
「『廃棄の王』と同じ術式」
「但し、向こうはパッシブだがね」
「私のエンジェリック・ヒールでも、四肢欠損を治すことは出来るが、膝より下、肘より先に限られるんだ」
「だが、リバース・ボディは人体組織を取り込むことで完全再生が可能」
「出来れば使わせたくなかった、よ」
「こんな外道の術式なんて・・・」
フランコがアイシャに問う。
アイシャが問われてはならないことを。
「シャアリィは、魔人・・・そうなんだろう?」
「この前のエンジェリック・ヒールの時、私は気付いたんだ」
「術式の効力があまりにも強過ぎる、とね」
「普通の人間なら、あれだけの毒ダメージを受けたら意識が混濁する」
「立ち上がって戦闘継続なんて出来るはずもない」
アイシャはフランコの冷静な指摘に頷くしかなかった。
「そう、だよ」
「だから、なに?」
「それがどうしたっていうの?」
「教会に突き出して、封印指定でもするの?」
「それとも教皇の手駒に献上して、枢機卿にでもなるのか」
「・・・そんなこと、絶対に許さない」
フランコは、アイシャの頭にそっと手を置く。
「私達は共犯者だよ」
「何も恐れなくていい、心配しなくていい」
「口が裂けても、この身を焼かれても、喋りはしない」
「忘れてくれていい」
「・・・悪かった」
アイシャは、自分の手にある『廃棄の王』の魔石を砕きたくなった。
こんな目に遭わなきゃ、フローズン・ドラゴンを倒せないのか、と。
自分たちの望みはそんなにも大層なものなのか、と。
眠るシャアリィの額におかえりの接吻をして、アイシャは柔らかいシャアリィの髪を撫でる。
今、胸にあるのはやり遂げた満足感なんかじゃない。
生き残った安堵ですらない。
――― ただの無力感。




