ゲーム・オーバー
澄み渡る秋の空には雲一つない。
滞在している十六番教会の広い中庭、珍しくフランコが鍛錬に励んでいる。
「アイシャ、組手の相手をお願いしてもいいかい?」
指名されたアイシャは貫禄の笑みを浮かべて、
「お互い怪我をしない程度に・・・」
「否、ここには優秀な治癒師がいるんだっけね」
「じゃあ、少々、本気でも構わないね」
等と物騒なことを言う。
フランコはにやりと笑いながら、掛かって来いと手招きをした。
アイシャは容赦しないとばかりに、鋭い踏み込みから先制の足払いを放つ。
普通ならば飛んで避ける低い攻撃をフランコはカウンターで同様の足払い。
膂力に勝るフランコの足払いがアイシャの蹴り足を弾き飛ばす。
そして、余裕のままに、軽くステップジャンプを踏む。
アイシャは、「やるな」と、その鋭さに敬意を示す。
フランコの脚が地から離れた瞬間を見極め、自身の掌底の間合いまで、滑るように跳躍し、無精髭の顎目掛けて左掌底。
フランコを身を反らして掌底を躱し、そのままアイシャの左腕を抱えるように持って、倒れ込む。
このまま倒されれば腕を折られると判断したアイシャが、倒れ込むフランコの鳩尾に膝を乗せる。
この姿勢なら、フランコの鳩尾にアイシャの膝が先にめり込む。
フランコは両膝を畳み、その強靭な腹筋で、アイシャの膝を跳ね上げる。
片腕を取られ、体重を乗せた膝を弾かれても、このままフランコの背中が地に着けば、アイシャは馬乗りの状態から攻撃が出来る。
しかし、そうはならなかった。
フランコの背中が地に着くと同時、密着状態のアイシャの顔面にフランコの頭突きが炸裂。
鼻を折られては、さすがのアイシャも観念し、降参を宣言するしかない。
もし、この場にシャアリィが居たならば、術式攻撃を喰らいかねないような一撃。
少々、大人げなかったとフランコはアイシャに謝罪し、上級治癒を詠唱する。
鼻の骨折というのは痛みは勿論、生体反射で涙も出る、さらに血が気管に入れば呼吸不良。
致命傷に至らずとも、大きく戦力を低下させる人体の急所だ。
厄介なことに鼻骨を鍛える鍛錬方法は皆無であり、武道家ならば皆、一度はその恐ろしさを経験する。
アイシャは喉に絡む血を吐き捨てて、気丈に笑っているが、その耳は烏賊耳、しっぽは不規則に波打つ。
受けた痛みもさることながら、組手で負かされるのはアイシャにとって屈辱。
自身の攻撃はひとつも入っていないのだから忸怩たる思い。
「ちょっと自信なくしたかも」
フランコは邸宅の冷蔵庫から冷えたソーダを小走りで持ってきて、一つをアイシャに投げ渡す。
「筋肉量も、体格も、私のほうが有利なんだ」
「気に病むことではないさ」
「もし、私が負けたなら、そっちのほうが問題だ」
理屈の上ではわかっているが、それでアイシャの機嫌が直るわけがない。
・・・
昼近くになってシャアリィが目を覚ましたので、二人は冒険者ギルドに足を運ぶ。
閑散としたギルドには、何時ものようにアイリーンだけが座っている。
声を掛けるまでもなく、アイリーンがジョンソンを呼んだ。
寝不足なのか、足元の覚束ないジョンソンが何時もの扉から姿を現す。
表情を隠すサングラスさえも外したまま。
まるで謝罪するかのように俯いて言葉を絞り出す。
「・・・俺の手元には、お前らが望むカードは、もうない」
数秒の沈黙の後、思いついたように顔を上げ、卑屈な笑みを張り付けた日焼け顔が喚くように言葉を並べる。
「ここは相談なんだが、俺が賞金首の報酬を上乗せする」
「面倒にならない奴の報酬を倍付けにしよう」
「それも、俺が居所を掴んで、お前達に知らせる」
「お前達は踏み込んで、相手を無力化するだけでいい」
「簡単な仕事で手軽に金貨を摘まめる」
「これでどうだ!濡れ手に粟じゃねえか!」
ジョンソンの言葉が途切れるまで、アイシャは目を閉じて待った。
そして、ゆっくりと頭を横に振る。
「ギルマス、あんたはやり方を間違えたんだ」
「大物を紹介する代わりに先に賞金首をふたつ、みっつ片付けてくれと言われていたなら、多分、私達は応じていただろう」
「駆け引きだけが賢いやり方じゃない」
「信頼関係というやつがあれば、違った結末になってたはずだよ」
「他人を信じれば馬鹿を見る」
「グリーンノウズでは常識かも知れないが、私達は違う」
「今、私達に提案した条件を出せば、ひとりくらい腕利きの冒険者だって雇えるさ」
「私達の仕事は終わった」
ジョンソンは項垂れ、アイリーンは宙に向かって紫煙を吐いた。




