穏やかな帰路
用が済んだら長居をするような場所ではない。
シャアリィとアイシャは洞窟に戻り、手早く荷物を片付ける。
魔石は防水布でしっかりとくるみ、ナップサックの中ほどに押し込まれた。
その魔石は、黒と青が斑になった奇妙な色、大きさとしては握り拳よりも少し大きい。
術式が封印されていることは間違いないだろう。
しかし、ネームドの魔石である以上、所有権はギルドと冒険者で分け合うことになる。
この魔石を手にいれるには、オークションで得る利益を全て捨てることを意味する。
倒木が少々邪魔をしたが、ボートは大きな傷もなく、オールもちゃんと残っている。
あとは無事に島から脱出するだけだ。
「アイシャ、敵はいる?」
砂浜に着いて、海を見渡す。
静かな浜辺だが、索敵となれば漣の音さえもが、厄介だ。
「無理だね・・・陸の上からでは、水中を索敵するのは難しい」
二人は、小さなため息をついて、ボートを浅瀬に降ろした。
シャアリィを先に乗せ、アイシャがボート押し出して、タイミング良く乗り込む。
同時にシャアリィは、
「呪え!」
と、カース・サークルを展開した。
二人はボートの中央に向かいあって座り、アイシャがオールを手にする。
防波堤から遠く離れ、ボートの進路はまっすぐにグリーンノウズのビーチに向けられる。
不意にボートが大きく揺れ、それが水中からの攻撃だと理解した。
シャアリィがアイシャに背を向け、進路の反対側にワンドを構え、十から、カウント・ダウンを開始する。
直後、魔法風がボートを中心に、巻き起こる。
通常の渦潮とは異なる外側への水流が、まるで波紋のように広がってゆく。
「砲撃!」
高々と水柱を上げるが、それさえもが氷結する。
いきなり出現した氷山に、水面下ではセイレーンが慌てていることだろう。
左右の水面を見れば、赤く染まった海水が目に付いた。
どうやら、ボートに接近し過ぎて、シャアリィのカース・サークルに触れてしまったようだ。
セイレーンの襲撃は、それ以降なくなった。
アイシャは水面下の惨劇を想像して、身震いする。
・・・
小休止を挟みながら、ボートを漕ぐこと二時間少々。
アイシャは舳先に結んだロープを手に取り、浅瀬に飛び込む。
シャアリィを乗せたままのボートを引いて、ゆっくりと砂浜に到着した。
シャアリィが防水布を広げて、着替えるアイシャの身体を隠す。
二人揃って大きく伸びをして、短い海の冒険が幕を閉じた。
ずっとボートを漕いでいたアイシャの足取りは軽くない。
二人が歩く視線の先は、『ドルフィン・テイル』。
ギルドが閉まる二十時まで、まだ時間はたっぷりとある。
「今、絶対、甘いものが食べたいって思ってるでしょう?」
「私も、パンケーキか、チーズ・スフレが食べたくて仕方ないんだ」
シャアリィが言うと、アイシャの腹の虫が鳴く。
「ああ、それとアイス・コーヒー」
「身体がカフェインを欲しがってる・・・この街のチョコは物足りないんだよ」
嵐の去った砂浜の午後の風。
係留してあった舟の幾つかが沈み、その後始末に漁師たちが忙しそうにしている。
それを横目に、シャアリィとアイシャは、砂浜に足跡を残しながら休息を求めて歩く。
ボーナス・ゲームとは言うものの、結構な経費が掛かった。
自分たちが過酷な嵐の夜を過ごして手にするものを、ジョンソンは何もせずに掠め取る。
アイシャは首を左右に振って、嫌なことを忘却する。
「本当にこの街はろくでもないな」
そう呟いたアイシャのしっぽは、言葉とは裏腹に上機嫌に揺れていた。




