ブルックメンソン島
教会に戻ったフランコを出迎え、アイシャが首尾を問う。
「どうだった?」
フランコは何時もの飄々とした笑みで、少しばかり文句を言う。
「片道一時間の船賃が金貨三十枚、帰路に使う手漕ぎボートが金貨十枚」
「土産に持っていったブランデーが金貨二枚」
「巫山戯るなと喉まで出たけど我慢したよ」
「全く、あの禿め」
禿と聞き、アイシャの脳裏に浮かんだのは、やはりビル・ジョビンス。
「そいつ、もしかして・・・」
「俺っちとか言う太った男?」
フランコは、間違いなくそいつだよ、と、アイシャと笑う。
アイシャは商業ギルドの小切手に、掛かった費用と礼金を含めた金額を書き込む。
「さすがに現金の手持ちで金貨四十二枚はないから、これで」
「余分は、フランコへの報酬」
『金貨五十枚』の小切手を受け取ったフランコは、
「こんなに上乗せしてくれなくてもよかったんだがね」
「有難く頂いておくとしよう」
と、微笑んだ。
夕食と軽い酒盛り、他愛のない会話を楽しんだ後。
シャアリィは、数日の滞在を念頭に、水や携帯食、着替えをナップサックに詰め込む。
アイシャも同様に装備を整え、早めの就寝についた。
・・・
午前十一時五十分。
穀物埠頭の一番船、フランコに付き添われ、アイシャとシャアリィが到着した。
「船長のオルソンです」
「短い旅路ですが、無事に荷をお届けしますよ」
と、フランコとオルソンが握手を交わし、アイシャとシャアリィは帆船に乗り込む。
金貨五十枚の出費とはいえ、これだけ大きな帆船であればセイレーンたちも簡単には手が出せまい。
問題は帰路・・・帆船に備えられた三人乗り用の手漕ぎボートは、大波一つで転覆するような代物であり、アイシャがその漕ぎ手になった場合、戦闘を請け負うのはシャアリィ一人。
内陸育ちのシャアリィが海で泳ぐ羽目になれば、その命運はかなり危うい。
そんなアイシャの不安を知ってか知らずか、シャアリィは旅行気分で楽しそうにしている。
「アイシャ、そんなにいろいろ考えなくていいよ」
「水属性相手なら、氷結させずともフローズン・レイジの対象だ」
「私がボートの中心で、カース・サークルを展開すればセイレーンは近寄れない」
「水属性の弱点は、土石属性だけじゃなく、水そのものも含まれる」
「ウォーターアローは、水中では数メートルで減衰消滅するし、ウォールやウェイブも空気中より遥かに弱い」
「海面に浮かんだなら、私のストーン・バレットの餌食だ」
「気楽に行こう!」
シャアリィの言葉で、アイシャの不安が掻き消える。
「成程・・・それなら帰路はそれ程心配せずともいいね」
二人は並んで蒼く澄んだ海を眺める。
無数の銀色の煌めきは、小魚の群れだろうか。
旧人類は、かつてこの大地を飛び出し、空に浮かぶ星まで辿り着いたという。
その旧人類を持ってしても、海という陸の倍程もある世界は隅々まで知ることがなかった、と。
息さえ出来ず、深い場所には光も届かない。
今、自分たちの足元にある水の世界は、まったく手付かずの未知の領域。
この大きな帆船でさえ、嵐の前では揺れる木の葉に過ぎない。
益体もないことを考えている間に、目的地が見えてきた。
それは西半分を原生林が覆う放棄された漁村の島、ブルックメンソン。
帆船は島の南側を横切り、東部にある漁港跡へと向かう。
長い年月潮風と波に晒されながらも、過去の住人が作った石積みの防波堤は健在。
そこから陸を見渡せば、朽ちた家屋の土台の跡だけが、ここに人が住んでいたことを物語る。
快晴の潮風は温く、まとわりつく塩気が少々不快だが、大したことではない。
それよりも、船長が気になることを二人に告げた。
「この辺は潮の満ち引きの幅が大きい」
「ボートは、必ず、やりすぎなくらいに内陸まで押し上げておくんだ」
「あんたたちにはわからんだろうが、風が早い」
「これは嵐の到来を意味するものだ」
「帰りの脚を失いたくないならば、私の言う通りにするんだ」
「嵐になればボートを風で失う危険もあるだろう」
「このロープを餞別にやるから、ちゃんとしっかり太い木に結んでおけよ!」
無事に漁港跡に降り立ち、ボートが帆船から降ろされる。
シャアリィとアイシャは、帆船の乗員に大きく手を振って別れを告げた。
「さて、船長のアドバイス通りにしましょうか」
シャアリィとアイシャは、ボートを裏返すと頭に被るようにそれを持ち上げ、石造りの階段の丘を登る。
雑木林の中に窪地を見つけ、そこに船を下ろして、舳先と目についた太い幹をロープで結ぶ。
「こんなに晴れているのに、嵐が来るのか・・・」
半信半疑でありながらも、備えというのが大事なことは身に染みて知っている。
「少し休憩したら、島の探索をしよう」
「野営に必要な枯れ枝も集めなければならないし」
漁港跡を見下ろしながら、チョコレートを口にいれる。
こうして、『巨人の骸』討伐が始まった。




