闘牛その四
地下三層手前。
シャアリィは服を脱ぎ、体中を湿らせる汗を拭う。
今は普段のようにアイシャに甘える気力もない。
二階層では幾分マシだった腐敗臭が、階段下から漂ってくるのだから、無理もない。
アンデッドの迷宮は、シャアリィにとって、潜るだけで気力を削ぐのに十分。
しかし、これがフローズン・ドラゴン討伐への道に繋がっていると思えば、失いつつあった気力も、また、滾りを見せる。
十二分に休息を取り、アイシャがコンパスを確認する。
イルオールドや、レリットランスのような火山性の鉱物資源が豊富な迷宮では、コンパスが役に立たないこともあるが、右耳の迷宮内ではコンパスはその役割を失っていない。
理由はわからないが、殆ど全ての迷宮はきっちりと東西南北を基準に設計されている。
恐らくは広大な迷宮を作る時、すぐに誤差を発見できた方がやりやすかったのだろうと、学者の間では考えられている。
大きな建物は僅かな誤差があれば、最終的に大きな設計の狂いが生じる。
如何にも本当の理屈である、と、皆、思っている。
金貨五十枚。
それは贅沢しなければ一年暮らせる額。
それを短期間で得るのだから、相応の危険はある。
しかし、ここまでの道程を考えれば、その価格が対価として正当とは言い難い。
「さて、そろそろ大丈夫かな?」
アイシャの確認で、シャアリィが声を上げる。
「キャラメル、口にいれとこう」
「もう、ここまで腐敗臭がしてるんだから、手遅れだけれど、多少はマシになるよ」
アイシャに紙の包みを渡し、シャアリィは気丈に笑う。
「おやおや、ご予約のお客様がいっぱいだねっ!」
そう言いながら、アイシャが彗星棍でゾンビィの塊を一掃する。
着地場所を確保したことをシャアリィに視線で知らせると、一層の時と同じフォーメーションで乱獲しながらの行軍が始まる。
「まずは、南壁面へ」
アイシャが行く先を示し、シャアリィも手短に答える。
「了解」
下り階段を探しながら殲滅していた一層よりも、この三層では目的地が分かっている分、気楽にやれる。
そう思っていたアイシャが、壁の凹みに罠を発見する。
「シャアリィ、壁面に仕込み槍だ」
「こっちのルートは使えない」
「戻ろう」
何処までも一筋縄で行かない迷宮に、アイシャも僅かに苛立つ。
来た道を戻り、逆方向からのアプローチ。
無駄足を踏まされたが、その数分後には、一対の明かりに照らされた扉を見つける。
あれが、素直に開いて、通路に繋がっていればいいのだが・・・
アイシャは最悪の事態を想定し、シャアリィに扉両側の封鎖を求めた。
「凍れ!」
アイス・ウォールの短縮詠唱で突入の準備は整った。
「あとは、この扉の向こうに厄介な罠がなければいいんだが・・・」
呼吸数拍、気持ちを整えて、アイシャが扉を開く。
初見殺しを慎重に見極めていた、アイシャの勘は当たった。
扉の先に通路はあるが、その通路に至る最初の一歩目の床が、
ない。
単純であっさりとした罠だが、確認を怠れば、どれだけ深い階層に落とされるかわからない。
床の裂け目から下を除けば、遥か先に明かりが見える。
「シューター・・・それも、恐らくは最下層への」
何処までも迷宮は悪意に満ちている。




