闘牛その三
地下二階層は、一階層の複雑な迷路と一変して、単純な十字路構造。
ここに昼間のような明かりがあれば、対面の壁まで真っ直ぐに見通せる。
しかし、この構造自体が恐るべき罠であることを、アイシャは経験から知っている。
「シャアリィ、必ず、私の後ろを少し離れて歩くんだ」
「通路が交差している部分には、様々な罠が仕組まれている」
「一瞬、遠心力と眩暈を感じたなら恐らくはターン・フロア」
「まぁ、言葉で言うよりも経験した方が早い」
前を進むアイシャが通路の交差点に差し掛かる。
シャアリィは未だ交差点の前だ。
瞬間、前方に向かって歩いていたはずのアイシャの身体の向きが、一瞬にして左方向に変わっていた。
人間の知覚の隙を突く、瞬きよりも短い時間で起きた怪奇現象。
「こんな風に強制的に無自覚に近いまま、身体の向きを変えられる罠」
「それ以外に不都合はないが、二人が同時に交差点のフロアに乗れば、めちゃくちゃなマッピングをする羽目になる」
「地味だけど厄介な罠なんだ」
シャアリィの背に嫌な汗が流れる。
「一人が乗って床が回転しても、もう一人が残っていれば、その位置関係でどちらにどれだけ回転したかが分かる」
「その上で正しいルートに先に乗った方が下りれば、後から乗る方も迷わずに正しいルートを進める」
「面倒だけれど、ターン・フロアの罠がある以上、進行速度は遅くなる」
シャアリィは首肯で了解する。
だが、それだけではなかった。
「シャアリィ、あの交差点の中央にある小さな穴が見えるかい?」
「まぁ、見えなくてもいい」
「私が見えればアレを踏むことはない」
「アレは落とし穴の目印だ」
「経年劣化で嚙み合わせが悪くなると、中央に穴が見えたり、開閉扉の僅かな段差が見えるようになるんだ」
「交差点のフロア全体が消えたように開き、一瞬で閉じる」
「迷宮の罠の中でも最悪に危険で質の悪い罠」
シャアリィは絶句する。
もし、アイシャのような卓越した斥候と一緒でなければ、こんな罠避けようもない。
「逆に中央が盛り上がっていれば、床の下から槍や剣が突き上げる罠」
「さすがに床全体ではなく、中央付近に集中して槍を置くことが多いね」
この迷宮の悪辣さにシャアリィの脚が震える。
「でもね、こういう罠だらけの場所は、魔物も少ないんだよ」
「罠に引っ掛かるのは、冒険者だけじゃないってことだね」
「だから、焦らず、慎重に進もう」
「こんな罠に引っ掛かる私じゃないさ」
二人は、そこから少々長い時間を掛けて、慎重に周囲を観察しながら、歩を進める。
魔石のひとつも手に入らない徒労の時間。
複雑な迷路よりも、さらに複雑な進行ルートをアイシャの見立てで乗り越え、やっと下層への階段を見つけた時には、シャアリィは緊張で汗まみれになっていた。
「こんな下らないモノ、ほんっと、良く考えるよね」
「迷宮の設計者とか、魔道の研究者って、碌でもない奴ばっかり!」
「こんな大掛かりなモノ作るくらいなら、頑丈な研究室作ったほうが全然マシでしょ」
シャアリィの怒りは尤もだと、アイシャも思う。
極めて初見殺しに近い、死の交差点。
迷宮というものの恐ろしさを垣間見る。




