初手
その日は、朝から大粒の雨が降っていた。
市場の通りも閑散とし、道を行く者は疎ら。
防風林の木々は揺れ、嵐の到来を予感していた。
街外れの海沿いにぽつんと朽ちた闘技場の跡がある。
入植が始まって間もない頃には、開墾の疲れを癒す娯楽が必要だった。
安息日には、皆がここに集い、酒を片手に賭けを楽しんでいたのだろう。
だが、その面影は潮風に晒され、今となっては何処にも残ってはいない。
その傍らに停車する二つの馬車がある。
一つは漆黒の車体に金十字をあしらった教会所有の迎賓馬車。
そしてもう一つは、深い蒼に鷹の意匠、シュベルド子爵の馬車だ。
雨除けのターフを張り、そこに馬達を繋いで雨を凌いでいる。
「では、参ろうか」
イザベラの言葉に頷き、ロザリーが馬車を降り、二人はまるで浜辺を散策するかのように並んでコロシアムへと向かう。
雨で湿った砂浜に足跡を残して二人は吸い込まれるように屋根のない石造りの円形の闘技場に足を踏み入れる。
中央まで歩を進め、互いに背を向けて、十歩。
決闘のスタート・ラインについたイザベラが、ガントレットの中の金貨を見つめる。
それを高く掲げ、ロザリーに尋ねる。
「お約束のコイン投げだ、これが地面に落ちた時が、開始の合図」
「それで良いね?」
ロザリーは、無言で頷きコインを注視する。
「では・・・」
空高く金貨が舞い、キラキラと弱い日差しを跳ね返しながら落ちてくる。
そして、それは砂上に落ち、湿った砂を撥ねる。
ロザリーは迎撃態勢のままで三節エンチャント詠唱し、イザベラも又、不用意に飛び込むことを止め、自己エンチャントを瑞々しい唇で紡ぐ。
今日のイザベラの装備はレイピアと中型の盾。
この組み合わせの装備は、今までロザリーに見せたことがない。
ロザリーのメイスを防ぐならば、盾はもっと大きなものでなくてはならない。
だが、イザベラにとって、この組み合わせこそがロザリー攻略の鍵だ。
互いの目から放たれる濃密な殺意。
鏡合わせのように螺旋を描きながら歩を進め、先に仕掛けたのはイザベラよりも若干リーチの長いロザリーだった。
左手に持つ小さなメイスを至近距離から投射!
そして、一歩踏み込み、大メイスを横薙ぎ一閃。
それはイザベラの盾を封じた上での命中必至の奇襲。
しかし、イザベラは初手を読み切っていた。
投擲されたメイスを反射で避け、さらに鳩尾の高さで迫る大メイスの軌道をシールド・バッシュで叩き落とす。
だが、ロザリーの大メイスの質量はイザベラの予測を超えていた。
危うく足鎧の甲に大メイスの一撃を喰らうことは避けられたが、盾を振るった左半身は大きく跳ね上げられ、体勢を崩す。
しかし、一度地面に落ちた大メイスでは、次なる追撃をすることも叶わず、初手は双方にダメージを与えるに至らなかった。




