メイン・ディッシュ
パトリックの選んだスパークリング・ワインは、食前酒にも、汗を引かせるのにも、最適と言える選択だった。
軽めのアルコールと、強い発泡、それも氷結魔石でキンキンに冷えているのだから、美味しくないわけがない。
最初こそ、イザベラの体調を気遣っていた三人だったが、お喋りに花が咲き、料理が揃うまでの時間はあっという間に過ぎた。
冒険者と言えど、やはり年頃の女子が四人揃えば、話題には事欠かない。
談話室の扉に独特のノックが響き、料理の支度が出来たことの合図に皆の腹の虫が鳴る。
絶体絶命の狩り、炎天下の行軍、そして極めつけは美味しい食前酒。
これで耐えられるような者はいまい。
階段を下りることもなく、二階の食堂に用意された十人掛けのテーブル。
習慣として家族用に使用されているものだが、普段、イザベラは此処で一人で食事を摂るらしい。
この夏に限っては、アイシャ、ロザリーとの外食が増えた、が。
背の高い椅子は、イザベラの席。
その右にロザリー、イザベラの席の左にアイシャとシャアリィが並んで座った。
前菜は山菜と川魚の煮凝りゼリー、当然のように美味しい。
アレックスには悪いが、本物の貴族邸宅の料理人が作る料理にはさすがに及ばない。
二皿目に控え目なボリュームのサラダが並び、三皿目は熱を通した料理のコンソメ・スープ。
「さて、お待ちかねだ」
「と、シェフの登場」
「本来であれば、一番最後に登場してもらうのだが、今回はワケありらしい」
「元、アーシアン王都三ツ星レストラン、『暁桜』の総料理長、パガッティーニ・コサック」
イザベラの紹介で出てきたのは、ドワーフなのだろうか、背の低い老料理人だ。
パガッティーニはシェフ帽を外し、主人に一礼、そして客人に一礼した。
「見目麗しい淑女の皆さま、その実、勇敢な冒険者さまと聞き、御目通りをお願いしました」
「見事な食材をご提供頂き、それに劣らぬものをと奮闘しました、が」
「敵は余りにも強く、本来の持ち味を余す所無きまで生かしたとは言い切れません」
「食べた折、お気に召さなければ、どうぞ、ご遠慮なくお下げさせて頂きます」
「では、お口に合いますことを・・・」
メイン・ディッシュ、スノウ・ウルフのロースト。
生姜、大蒜、塩胡椒、山葵、マスタード、あらゆる薬味が所狭しとテーブルに並ぶ。
これがどういう意味かと問われれば、
『ローストは完璧だ、あとは好き勝手に味付けせよ』
と、いうことに他ならない。
そも、味覚というものは個人差がある。
特にジビエというものは匂いや歯応えが我慢ならないという者も少なくない。
ただでさえ困難を極める調理の末、落第調理人のレッテルを貼られるくらいならば、潔く、味付けを客人に委ねたほうが良い。
パガッティーニの思想は、堅苦しい料理哲学などではなく、ただ、ひたすらに美味しい食事を提供することにあるのだ。
これには、流石のイザベラも笑いを隠しきれなかった。
「さぁ、我々の英知でメイン・ディッシュを攻略しようじゃないか」
「この場は戦場、食事のマナーなど知ったことか!」
「旨い飯を食うためなら、多少、下品な行いもエッセンスというものさ!」
無謀にも薬味なしで、最初に手を出し、痛烈な味わいに絶句したのは、シャアリィだった。
「最低でも、ガーリックは必須だ、ね」
アイシャは、ガーリックに山葵を乗せて挑む。
「うむ、お、これに塩味があれば、かなり旨いんじゃないか?」
捻くれものロザリーが別ルートのアタック、マスタード、ガーリックで挫ける。
「スノウ・ウルフが、まだ成仏してないね・・・」
イザベラだけが正解を知っているかのように、ソルトペッパー、ガーリック、そして小瓶からシナモンを振りかけて満足そうに笑う。
「英知の結集、見事」
「私はジビエに慣れているからな」
「おっと、シナモンはほんの少しだけだぞ?」
「私の意趣返しは、これで完了だ」




