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氷結のシャアリィ  作者: 黒猫テラス運営部
氷結龍討伐編
191/472

撤退

この時、ギャレットは正しい判断を下した。


「皆、レイドは失敗だ・・・撤退しよう」

「このままでは我々は全滅する」

「もう少し行けるという余力がある時点で踵を返せる者だけが生き残れるんだ」


悲痛な面持ちで精一杯の勇気を絞り出すように言葉が零れた。


「もう、違和感は予感の範疇を超えた」

「これ以上進めば、誰も帰れなくなる」

「臆病者と詰ってくれていい」

「レイドなんて来なければ良かったと吐き捨ててくれていい」


皆を説得するためだけの自虐の言葉を並べる。


「リーダーの器じゃなかったと」

「二度と一緒に狩り等行くものかと」

「私に対するどんな仕打ちにも代えて、皆に同意してもらいたい」


各パーティ・リーダーは、皆、異存なし、と呟いた。

声に出さない者も荷物を担ぎ上げ、さぁ帰ろうとばかりに踵を返した。


少し感の冴えた者なら、既に肌で感じている。

もう、此処は死地なのだ、と。


冒険者歴が長い者ならば、身に覚えがある。

扉一つが生死を隔てる場面があった、と。


今、実際に起きた。


ただ一人、もっとも素早く反応し、動いた者が犠牲になった。

それは既に歯車が軋んでいる証拠。

他の者は、踏み込まなかったから助かったに過ぎない、という、ただの偶然。


本来、レイドという狩りは、こういう死者が出るものじゃあ、ない。

増長した者、準備を怠った者、注意を払ってなかった者、そういう者が真っ先に死ぬ。


「傲慢だが、これは、もう決定だ」

「残留を希望する者がいたら、ぶん殴ってでも連れて帰る」

「私にはレイド・リーダーとしての責任があるんだ」


皆、文句は言わなかった、言えなかった。

反応が遅れてレイリンを助けられなかったのは、此処にいる全員のせいだ。

炎天下を半日歩いたから、突然の方針転換だったから、そんな言い訳は通用しない。


防水布に包まれて運ばれる遺体は、此処にいる誰もが成り得た末路。

生きている人間の身体はそれほど重くはないのに、遺体は酷く重いものだ。

まるで其処に亡骸の魂が座っているかのように。


「済まない・・・レイリン」

「事が起きるまで見過ごしてしまった」

「皆を恨まないでくれ、私が悪かった」


流れ出続ける血液は、防水加工された布には殆ど沁み込まず、傾いた所から滴り落ちる。

既にスノウ・ウルフや、ハイランド・ベアは匂いを嗅ぎつけているだろう。

来た道を最短距離で引き返し、早く森林限界を超えなければ次の犠牲が出る。


一足早い葬列のように、レイリンの遺体を先頭にした隊列が帰路を進む。

一番、最後尾で遺体を運べば、非常時にはそれを投げ捨てて走るという暴挙に出よう。

ただ逃げ延びるだけならば、その選択は正しい。

だが、人としての尊厳、冒険者としての矜持は、完全に失われるだろう。


それを知ってか、知らずか、誰もが交代で、先頭に廻り血の滴る遺体を担ぐ。

そうしなければ、彼女が落命した責任を分かち合えない。

全員で共有すれば消えるわけでも、薄まるわけでもないが、皆、それを拒まない。


ザグレブホーンのフィールドは、人が歩くには未だ危険過ぎる。

あの三人の戦士たちならば、こんな場所でも平気で歩けるというのだろうか。


太陽が落ちる直前、森林限界を超えて、僅かばかりの労いを交わそうとした時。

針葉樹林の森林限界の向こう、山肌が揺れている。


真っ赤に染まる夕日を背にしたハイランド・オーガの群れ。

その中心にいたのは、胸に大きな三日月型の傷のある個体だった。


「嘘だろう・・・先回りしたっていうのか」


その事実は驚愕よりも、


――― 絶望。


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