魔物のテリトリー
様子がおかしいのは、ハイランド・オーガだけではなかった。
湖に近くなれば、一回や二回遭遇するはずの、ハイランド・ベア、ハイランド・ディアーの姿がない。
魔物以外の動物との遭遇や発見は頻発し始めたというのにだ・・・。
ギャレットは確信する。
「皆、注意しろ」
「魔物の密度が薄い・・・」
「これはハイランド・オーガのテリトリーの中で起きる現象だ」
さすがは歴戦の兵たるレイド・リーダー。
ハイランド・オーガの特性に関しては、他のメンバーよりも心得ている。
・・・
しかし、直後現れたのは、ギャレットの言葉を裏切るような相手だった。
「ぐ、グリズリーだ!」
緊張を突き破るように隊列の中央付近で、グリズリーとの戦闘が発生した。
恐れを知らない母熊が、子供二頭を連れて狩りに来たのだろう。
木々の乱立するこの場所では、長尺の獲物は不利だ。
状況を察した近接ダガー使い達が集結する。
自分たちが囮となっている隙に、背後から術式や長物で狙わせる作戦であることは言うまでもない。
魔物でなくとも、野生のグリズリーの戦闘能力は、人間を軽く凌駕する。
特に地形に左右されない体重を乗せた突進、直立から放たれる爪の一撃は、人間を即死させるに十分な破壊力を持つ。
相手が人間であれば間合いを掴むことは難しくないが、次の行動が読めない野生動物相手では一撃離脱か、躱してのカウンターしか、選択肢がない。
既に威嚇で追い払える段階でなく、仮に追い払ったとしても、何度も奇襲を仕掛けるのが、グリズリーという動物だ。
「何処でもいいから、後ろからぶった切れ!術式を叩き込め!」
容赦のない指示に反応したのは風雷術師レイリン。
片手を天に向けて風を呼び込み、最短の三節詠唱。
「緑風、召喚、切り裂け!エア・スラッシュ」
まさに背中の中心たる脊髄中央に命中させたものの、それは浅過ぎる。
ただ、ターゲットに自ら名乗り出ただけに終わる。
振り向いたグリズリーの突進を躱すことも叶わず、レイリンは吹き飛ばされ血反吐を吹く。
「ヒーラァアアア!助けろぉお!」
誰かが叫んだが、災禍はまだ続いているのだ。
グリズリーはそのままレイリンを踏み潰す勢いで追い掛ける。
仰向けに寝転がる顔面に致命の一撃を浴びせても尚、攻撃を止めない。
見かねた槍使い達が、グリズリーの背中から槍を貫き通す。
漸くレイリンへの攻撃を止め、振り返った血塗れの乱杭歯には所々に肉片が纏わりついていた。
次の獲物は誰だとばかりに槍使い達を睨み、ゆっくりと歩を近づける。
恐怖、怒り、嫌悪、勇猛、誰がどんな気分で叫んでいるかはわからない。
ただ、数人が雄叫びを上げて、己の武器を振り上げてグリズリーに叩きつける。
標的から外れたレイリンは、助かりようもない無残な屍であることが悲しい現実だった。
みすみす、その亡骸を獣に食わせるわけにはいかない。
ヒーラー三人が防水布を出し、それに亡骸を包む。
眼を血走らせた冒険者数人が反撃の暇も与えず、グリズリーを仕留めるまでに約十分。
ついに、レイド・パーティ最初の犠牲者が出てしまった。




