待ち合わせ
夏とは言えど、緯度の高いザグレブホーンの日照時間は南の街よりも随分と短い。
シュベルド邸を背にロザリーとアイシャは徒歩で街に戻る。
仰々しいシュベルドの家紋入りの馬車を断った理由。
ロザリーはイザベラへの借りを少しでも増やさないという捻くれたもの。
アイシャに至っては、街に早く着き過ぎれば、待ち合わせの場所でなく路上でシャアリィと鉢合わせしてしまうかも知れないという恐れからだ。
折角の二人の時間、最初から済し崩しでは時間を作ってくれたシャアリィに申し訳がない。
それに今、アイシャの懐にはとても大切な地図があるのだ。
馬車で商業ギルドに乗り付けるのが最も安全だとわかってはいるが、それは同時にアイシャが預けたものの価値を喧伝することになりかねない。
同様のものを作成したロザリーに奪われる心配はゼロではないが、そこまで疑っていたらパーティでの活動にも支障が出る。
あの精巧な原本ならばいざ知らず、手元にあるのはあえて抽象的に描き直した劣化品。
時間と手間さえ掛ければ辿り着ける情報しか記されてはいない。
あえて重要な知識は記憶に収めるという形で、『地図を分割』したアイシャの発想は見事だった。
ロザリーは結局、今日の夕餉は一人で取り、寝所はいつも通り教会に帰るらしい。
連日のように酒を酌み交わし、その後に酒の匂いをさせたまま神の家たる教会に戻る豪胆さ。
否、恐らくは成人に達し、冒険者になった頃からそうであったに違いない。
珍しく手を振りあって別れた後、アイシャは商業ギルドに立ち寄り、何食わぬ顔で貸金庫に地図を保管した。
一先ず、胸を撫でおろし、今日の最大の目的地である場所に向かう。
前もって祝いの品を用意するべきかとも考えたが、シャアリィの実際の誕生日までには未だ時間もある。
もしも、一緒に街歩き出来るような機会があれば、その時、選べば良いと、今日は保留した。
シャアリィとの待ち合わせ時間より僅かだが早くアイシャは山鳥亭に辿り着いた。
どうやら未だ、シャアリィは着いていないようだ。
と、思ったが、カウンターに座る艶やかなドレスの少女に目が留まる。
その瞬間、今、この場所に普段着でいる自分の愚かさを省みた。
後悔した所で、今更、ドレスを仕立てる時間などアイシャにはなく、意を決して声を掛けるしかなかった。
「シャアリィ、待たせてしまったかな」
アイシャの声に振り向いたシャアリィは、珍しく薄化粧まで整えていた。
あまりの美しさに、アイシャはごくりと喉を鳴らし、頭が真っ白になった。
「さっきついて、コレが最初の一杯」
「この店では食事をしたことがないから、アイシャが来てから料理を注文しようとね」
「隣、早く座って?」
シャアリィは、アイシャの普段着のままの服装を気にも留めず、着席を促した。
「えっと、そのシャアリィ・・・今日は凄く綺麗で驚いた」
「化粧してる所、初めて見たし・・・凄く似合ってる」
話したかった山程の言葉は消えてしまった。
ただ、シャアリィを迷宮から救い出した日のことが、アイシャの脳裏に浮かぶ。
「今更だけれど、私は・・・」
何かを言いかけたアイシャの唇に、シャアリィは人差し指を押し当てて、
「まずは、お酒を注文しなさいな」
「夜は長いんだから、焦らないでね?」
悪戯に笑うシャアリィを抱き締めたい衝動がアイシャの身体を突き抜ける。
まだ一滴の酒も口にしていないのに、顔が火照る。
「そうだね・・・じゃあ、カンパリ・ソーダを貰うよ」
「グラスが揃ったら、乾杯しよう」
それだけ言って、呼吸を整えることに集中するアイシャだった。




