バッド・コピー
豊富な教材を開きながらアイシャは沢山の知識を得た。
現実の測量を経て書かれたという貴重な地図に書き込みを多数行い、これ以上は望めないという斥候用の地図を完成させた。
王都の貴族学院の授業にも匹敵するイザベラの講義は、様々なことに無知なアイシャにも実にわかりやすく得難い時間となった。
アイシャが完成した地図を名残り惜しそうに見ながら、イザベラに提案する。
「待ち合わせまでにはまだ幾分時間がある」
「せっかく三人で完成させた地図だが、やはり、門外に持ち出す気になれない」
「ここで、私の手で簡易的な複製を作っても構わないだろうか?」
それを聞いたロザリーが、落胆の顔色でアイシャに問う。
「とても手間の掛かる作業だし、写し漏れが有れば命取りになりかねないね」
「イザベラも承諾しているのだから、有難く、コレを持っていけばいい」
「この地図を残しておいた所で、他に使うアテがないね」
アイシャは返答する。
「否、使うアテの問題ではなく、この地図があまりにも精巧なことが問題なんだ」
「不測の場合であったとしても、この地図そのものを外部で紛失するわけにはいかない」
「余所者であり、一時的なパーティメンバーでしかない私にここまでのことをしてくれたのだから、私にはイザベラの寛容さに見合うだけのことをする義務がある」
「それに、この地図は・・・兵器にも等しいものだ」
「戦争なんて大仰な災いは起きないかもしれないが、使い方を誤れば人死に程度は幾らでも出る」
「斥候に必要のない海外線や周辺集落の位置、街道の場所まで明記されているとなれば、困った時にパーティメンバー以外の力を借りることも出来ない」
「必要な情報だけ書き込んだ簡易地図であれば、出所もわからないし、売り物には程遠い」
「それでも、ここで学んだ知識があれば十二分に役に立つだろう?」
イザベラが快諾する。
「成程、わざと劣化させた複製品か」
「とても面白い発想だし、それに非常に洗練された新しい地図とも言える」
「複製が終わって三人が確認したら、この精巧な地図は目の前で焼却するとしよう」
「今更、疑うわけではないが、ロザリーの手に渡ったらどうなるか怪しいからな」
一人、ロザリーは意気消沈する。
「これだけのものを・・・燃やすなんて、知への冒涜ね」
「死んだら地獄に墜ちると思うね」
アイシャは吹き出しながら、ロザリーの肩を軽く叩く。
「きみは一人孤独に徳を積んで、神の住まう園に逝けばいい」
「私たちにはどの道地獄しか往く場所はないだろう」
「人殺しの上を行く、魔物殺しの武具を振り回して自分勝手にどれくらい殺したか」
「一人で天国に行くのが寂しいのなら、私たちと地獄で同窓会というのもありだよ?」
「これまでの罪を思えば、地図一枚燃やさなかった所で、御目溢しには預かれまい」
普段、声を上げて笑うことのないイザベラが高らかに哄笑する。
「冒険者ならば、死んだ後のことを考える程の時間の無駄遣いはあるまいさ」
「くっくっくっ・・・はーっはっはっはっ・・・ふふっ」
「・・・では、アイシャ、自分が思うように描き直すといい」
「我々の交わした幻の言葉の具現を」
地図を描き始めたアイシャの隣、ロザリーもまた自分の地図を描き始める。
ただの紙でさえもが、庶民にとっては贅沢品である世界。
イザベラは、ロザリーの複製をも寛容に見守る。
二人の地図が完成した後、ザグレブホーン地方の精巧な地図は宣言通り焼却された。




