斥候
セロニアスにとって、否、アイシャ・セロニアスにとって斥候という役割は慣れたものだ。
アイシャが斥候として活躍する上で、最強のスキルとなるのは言うまでもなく『気配遮断』。
それも並のレベルでなく、フローズン・ドラゴンでさえ追跡不能に陥る程に卓越している。
当然ながら、アイシャの斥候としての能力はそれだけではない。
視力、運動能力、観察力、さらに言うならば知性や他の習得スキルも相乗する。
ダンジョンよりも、フィールドでの斥候は格段に難しい。
遮蔽物が限られている上、自分の周囲全てを把握することは事実上不可能だからだ。
簡単に言えばこちらから見えていなくとも、相手からは見えている、という状況が往々にして生まれる。
自らの存在を偽装している相手、高空を飛行している相手、超常感覚を有している相手等・・・
達人であるアイシャであろうと所詮、ヒトの域に留まる。
斥候にとって重要なのは、『見つからない能力』よりも、『感知された後の離脱出来る能力』。
情報を持ち帰る前に行動不能に陥れば、全てが水泡に帰す。
決着を着けることを任務としていない以上、出来る限り武装を避けている身では、普段の戦闘よりも著しく攻撃力、防御力が低下し、生存そのものが危ういのだ。
では、成功確率をどのように底上げするのか?
『知識という情報』
向かう場所に存在するであろう脅威、注意を払わなければならない事象、それらに対処する情報があるのと、ないのでは格段に成功率が違う。
「アイシャはまだザグレブホーンのことをあまり知らないだろう」
「それならば私の屋敷の書庫に来るといい」
「寛容であることも貴族の流儀の一つ故、ロザリーにも特別に入室を許可しよう」
「本人がいらぬ世話と断るならば、仕方ないがね」
イザベラの申し出は、アイシャにとって願ってもないものだ。
当然、三者の利益のために善手を取っているに過ぎないのだが、情報が揃うに越したことはない。
「ほう、流石は領民の手本」
「とでも、言わせたい腹は見え透いているね」
「しかしながら、あくまでシュベルド子爵から引き継いだ財産であり、本に罪はないね」
「喜んで伺うよ」
本来であれば、同じ空気を吸うのも疎ましい程の関係でありながら、将来の枢機卿の椅子の為ならばやむ無しと、ロザリーは判断したようだ。
断る理由もないアイシャだったが、昨日のシャアリィとの約束で気も漫ろ。
その様子を二人に叱責される。
「おい、アイシャ、聞いているのか?」
「腑抜けた顔をしているが、大丈夫だろうな?」
昨日の出来事を聞き及んでいるロザリーは、更に意地が悪い。
「アイシャは、今、発情期ね」
「今日の夕食のテーブルを『琥珀』と共にすることで頭がいっぱい」
「その証拠に、今日は私達との夕食ミーティングはキャンセルされるよ」
折角、お膳立てまでして楽しみにしているのだ。
アイシャは躊躇いもなくロザリーの言葉を肯定した。
「勿論、今日に限ってはそうさせてもらう」
「だが、それとこれとは話が別だ」
「イザベラ、心配には及ばない」
「早速、屋敷の書庫に案内してもらおう」
表情を引き締めたアイシャだが、瞼の奥にはシャアリィの顔がちらついていた。




