表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
中国古代史あれこれ  作者: kuroyagi
~中国古代の王朝~
92/246

中国古代の王朝~「周王朝 春秋時代」 覇者 その一~

春秋時代の特徴は「覇者」と言われる存在にあるだろう。覇者自体は、夷敵を倒す存在だったようだが、この春秋時代では「盟主」を表す言葉となった。成り立ちといい、関係性といい、日本での「天皇」と「征夷大将軍」によく似ている。偶然の一致か、それとも意識的か。おそらくは日本側が似せたのであろうとは思う。遣唐使等を通じて、中国の文献などが入ってきた際に、似たような意味の言葉を見つけたのだとしてもおかしくはない。

時の王が討たれるという衝撃的な出来事があり、なんとか王朝を復活させたものの、その力と権威は地に堕ちた。そんななか諸侯は寄らば大樹の陰を無くしたわけで、どのようにすればよいか頭を悩ませた事だと思う。元々横の連携が強い周王朝であるから、日頃から仲の良い者達が、窮地には手を組んで事に当たろうとしたのであろう。この頃の中華の人々にとっての敵は、所謂「蛮族」と呼ばれる中華の文化圏外の人達である。彼らは慓悍で一撃離脱の略奪行為を目的としていた。こういった部族はゲリラ的な動きをするので、一諸侯では討伐が難しい。そのなかで実力や爵位が高いものがリーダーシップをとり、侵略を防いでくれたり、討伐を行う事は、下位の者達にとっては頼もしい存在に映ったのではないだろうか。

こうして各地で上位と下位の関係が作られるなか、少しずつ大きな国が表れるようになる。そのなかで最初に周王朝に認められた覇者は「斉の桓公」であった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ