中国古代の王朝~「周王朝」と「武器」 その二「乗馬」
今度は馬車に必要な馬について書きたい。私事ながら、乗馬クラブで乗馬をした事がある。そこで競馬ファンの方しかわからないが、オープンクラスまで走り、賞金を約一億円稼いだ馬に乗せてもらえる機会があった。その馬に乗った時、馬に馬鹿にされていることが背中越しにはっきりと伝わってきた。いや、顔立ちもであった。『このど素人が。』と。気のせいではない。本当にわかるくらいだったのだ。サラブレッドは顕著であるが、馬とはやはり気位の高い生き物だと思い知らされた。馬はリーダーを決めて行動する動物だと言われている。強いリーダーになれれば、馬は従ってくれる可能性がたかい。
馬を家畜化する事は、洋の東西を問わず行われている。乗馬の際、馬に意思を伝えるのに必要な道具は、ハンドルたる「手綱」と「口環」、足で意思を伝える「鞍」と「鐙」であるが、その内最初に発明されたのは口にかます「口環」と「手綱」であるらしい。当然のことではあるが、乗るために足を使い、意思を伝えるのは腕で行う事にしたのであろう。
乗馬の初期はまさに「乗る」だけであったようで、鞍ではなく輿のような物を使って乗馬したこともあったようだ。馬にのれば歩かなくてよい分楽が出来そうに思えるが、さにあらず。乗馬をしたことのある人ならお分かりかと思うが、馬の歩くリズムと人のリズムが合わないと、人の尻と馬の背中が当たって非常に痛いのだ。現代の乗馬でさえ、鞍があるにも関わらずとても痛い。しかも、乗るための筋肉は所謂インナーマッスルで、鍛えていないと筋肉痛がひどいものとなる。おそらく鞍もない乗馬の初期は、人の移動手段よりも、荷運びとか、高いところから人を見下ろせるので権威付けに遣われていたのではないだろうか。そういう意味では、「馬車」という物は理に叶っている乗り物なのかもしれない。
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