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中国古代の王朝~「夏」のおわり~
「夏王朝」に限ったわけではないが、諸侯に支えられる政権であるならば、諸侯が見限ってしまうと王朝が倒れることとなる。しかし「夏王朝」は、伝によれば500年続いたと謂われる。世界史からみても長寿にあたる。元来「帝」は人と神の間のような存在であり、「祭政一致」の時代にあっては、夏王朝の「帝」もまた不可侵のような存在となっていったであろう。事実、三代目の帝は追放はされたが、殺されはしなかったように、諸侯は追放に協力はしても打倒するとの思いは埓外だったに違いない。
こうなると、支配する側が段々と増上慢になってゆく。「何をしても赦される」との考えが諸侯の怒りをかっていったのは、間違いないだろう。しかし王朝を打倒するとの考えは、天をひっくり返すような思いであったか。その中で、最後の帝「桀」が帝位につき、悪逆をなしたという。おそらく桀には、悪逆をなした意識はなく、今までの帝がなした事と大差ない思いだったのではないか。しかし桀という妥当すべき目標が見つかった時、時代のうねりとエネルギーが帝位を覆すこととなる。それをなしたのは、「商王朝」の初代王「湯」と、その輔佐「伊尹」であった。




