閑話~三國志と古代中国史 その七~
孫策は与えられた兵と宿将達を率いて、袁術に命ぜられるままに転戦していく。前話でも書いたが、この戦い振りをみるとやはり「死んでこい」と言われているよう気がしてならない。しかし、孫策はそんな思惑を嘲笑うかのように悉く勝利を納めていった。また袁術も、さすがに孫策がこの過酷な状況で只働きするとは思っていなかったのか、戦う前に地位を約束する人参作戦を実施していたが、そこは袁術、直ぐに約束を反故にするという、呆れた行為を繰り返していく。さすが袁術、やることがぶれない。この事により孫策は袁術への不満をもったとされるが、恐らくはもっと前から愛想をつかしていたに違いない。しかし、面と向かって不満を露にしていたら、弱小勢力の孫一族ではたちまち抑圧を食らったであろうし、それに太刀打ち出来なかったのは確かであろう。激情の人たる孫策ではあったが、生き残るためには堪え忍ぶ事もあったに違いない。
しかしこの約束の反故は、逆に孫策に都合のよい事が多かった。一つは部下たちの気持ちをより強く一つに出来たことである。部下の中には後に「苦肉の策」を成功させた黄蓋や、功臣として後まで敬愛された程普など忠誠心に溢れた者達が多かった。それでも度重なる裏切りを経ることで「おのれ、袁術!」の思いを皆が抱き、一致団結することが孫策の連戦連勝へと導いたと思われる。
次に袁術の配下達の人格を見極める事が出来たのではないか。袁術が孫策に約束した「太守」という役職を、何のためらいもなく自分の配下に任命し、部下達も恥ずかしげもなくそれを受けとる。組織は下から腐ることはないというが、上がこうも信義を守らねば下も厚顔無恥になろうというものである。しかしそんな組織にも、そんな恥知らずな行為を苦々しげに見つめている者もいたはずだ。孫策は独立するに当たり様々な人材が必要となったはずで、そういった人々を味方につけて、飛躍の時を待っていたのだろう。
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