閑話~三國志と古代中国史 その七~
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袁術は孫策に軍団を返すことを決意するものの、ここでも姑息な手段にうって出る。史書には「孫策は1000余の兵を率いた。」とあるが、最後の戦いで孫堅は一城を包囲できるほどの兵力を有していたのだ。確かに孫堅の一軍のみではないだろうが、それにしても「1000余の兵」ではないだろう。そして史書に具体的な数字を書かれているということは、何かの意図がある場合が多い。孫堅の率いた兵力と大きく齟齬がなければ、「孫策は孫堅の率いた兵を~」と書かれるだろうから。したがってこの場合は袁術の性格からして、孫堅の軍団よりかなりの減少になったと思われる。袁術はどうしても、歴史に悪名を残したいらしい。
しかし、袁術は後に大きな禍根を残すこととなる。兵士は巻き上げたものの、幹部となる武将達はそのまま返還したのだ。どこかの芸術家提督ではないが「一頭の獅子に率いられた羊の群れは、一頭の羊に率いられた獅子の群れに勝る」という。黄蓋、韓当、程普といった名の知れた孫堅幕下の将達を手に入れた事は、孫策にとっては大兵よりも嬉しかったのではないか。
さて、孫策は父の旧臣達と再開し、独自の勢力を築いた、と言いたいところではあったが、何しろ兵はたった1000人余りである。これは一部隊としてはそれなりであったろうが、単独で事に中るにはほぼ無力に等しい。袁術が兵を幹部連中を返して兵は少なくしたその背景には、どうせ自分の配下にならないならそのまま敵勢力と当たり相討ちになっても重乗だ、という思惑もあったかもしれない。
しかし人は哀しいかな、自分のレベルで他人を測ってしまう生き物である。孫策や孫堅という「人格」や「カリスマ」といったものに人がついてくる事を、それらがない袁術も思い知らされる事となる。
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