中国古代の王朝~「周王朝 春秋時代」 宰相 倒行逆施 その四十三~
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さてなにもかも投げ捨て、呉に降った勾践は呉で奴隷並の扱いを受けることとなる。恥辱にまみれた日であったろうが、彼はそれをエネルギー源として日々を生きていった。その後范蠡の策により、三月ほどで越に帰国できた。全く夫差は甘すぎる王であったと思われる。変わりに范蠡を要求すれば、せめてこれからの苦難はなかったのではないか。しかし、一国の王が人に支えるだけでも大変であるのに、召し使いとあっては相当な負担であったろう。勾践はこの屈辱を忘れぬため、部屋に動物の肝をつるし、毎日嘗めたという。それは大変苦いもので、これを嘗めることにより、恥を思いだし報復を誓ったという。これが「臥薪嘗胆」の「嘗胆」の由来である。
しかし、王が召し使いになるだけで相当な恥辱であろうに、それを忘れるであろうか?一々胆なんぞ嘗めなくても、毎日思い出すだけで苦々しい想いが溢れそうである。それを鑑みるに、この「嘗胆」の行為もまた、周囲へのアピールだったのであろう。なにより、この頃の動物の胆といえば、王でないと手に入れるのが困難な「熊の胆」ぐらいである。ほかの動物は加工のしにくさもあり、態々乾燥してまで食そうとはしない。漢方薬としても有名な熊の胆は上等品ほど苦いそうで、そういった意味からいえば、この嘗胆は健康に寄与する行為といえるだろう。「臥薪嘗胆」という言葉には、かなりの悲壮感が漂うが、どうも胡散臭さも拭えないのである。
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