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中国古代の王朝~「周王朝 春秋時代」 宰相 倒行逆施 その四十二~
しかし解せないのは、勾践を捕まえたのに范蠡や文種といった有能な臣下、特に范蠡を野放しにしていたかである。勾践については、生かしておいて扱いを奴隷のようにすれば、一国の王でもある勾践の心を折ることができるかもしれない。そもそも、夫差と勾践にはかなりの年齢差があった筈で、普通に考えれば年月が過ぎるだけで呉が有利になるのである。
文種は文官であり、勾践がいない間の内政を観る必要があった。呉としても、越の物成りがへれば、それだけあがりも減るわけで、なるべく内政面には触れたくなかったであろう。しかし、范蠡は違う。異民族対策のための軍備は必要ではあったろうが、その手のパトロール要因以外の軍隊はいらないはずである。なぜなら、楚は姻戚関係であったし、呉は直接の支配国である以上、両国ともにすぐには攻め込んでくる可能性が減ったからである。であれば呉にとって范蠡は文種とは違い、絶対に必要な存在ではなかった。それに呉にとってみれば、勾践と范蠡は煮え湯を飲まされた相手であり、闔閭の仇といえる存在である。孫武の事であるから、范蠡の事など調べ尽くしていたであろうに、何故范蠡は越に止まれたのであろうか。もし呉が勾践ではなく、范蠡を拘束か処刑していれば、歴史の流れは大きく変わったであろう。
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