釜茹で地獄
夕食の時間。
慣れたはずの慈円との食事の場が、ズドンと重力五倍にでもなったかの様に空気が重い。
どこぞの戦闘民族と修行している様な気分である。
普段から無口な慈円ではあるが、周りの空気が帯電した様にピリピリとしている。
これは…怒っている??
慈円をこっそり盗み見ても、その表情や瞳からは何もわからない。普段通りの表情ではあるが纏った空気が明らかに異なる。
無事に食事を終えてさっさと片付けてしまおう。
そうした矢先に声がかかる。
「一緒に風呂に入るぞ」
青天の霹靂とはこのことである。
なぜ閻魔様も慈円も俺を釜茹で地獄に連れて行こうとするのか…
普段は個別で風呂に入っている。
長く重い食事の時間を耐えた矢先にまた試練である。
このお寺の風呂は小さくない。
いや、かなり大きい方だ。
タイル張りの床、シャワーはふたつ付いており、大人二人一緒に入って丁度良く、深めの浴槽がある。給湯器は浴槽の横に鎮座し、なんとも平成を感じる光景であった。
転生先の今世の実家?と病室以外に寺から出たことがなかった清にとって、風呂場の給湯器は平成への転生を感じる一品である。
余談であるが、この寺にはテレビがない。
平成のテレビ普及率なんて、ほぼ100%だろう。
最初は驚いたが、修行僧の様な生活を送る慈円をみて納得している。
ただリビングには新聞が常時置いてあり、ラジオもあるので昼食時には京子と楽しく聞いている。
娯楽はラジオと風呂の時間だけと言っても過言ではない。
そんな癒しの時間が地獄に変わる。
覚悟を決めて慈円と風呂場に入る。
「背中洗いましょうか?」
「…頼む」
ガシガシガシガシ!
つい最近まで欠食児童の清には、まだ筋肉が不足している。
慈円の広い背中を洗うのには大変な苦労となる。
と言うかこの人筋肉凄いな。
やっとの思いで洗い終わり、二人で浴槽に浸かる。
食事の空気といい、何か言いたいんだろうな。
清も空気を読んで慈円が話し出すのを待ってみる。
…………。
……………。
…やばい…茹でダコになる。
チラッと慈円を覗き見るとすでに真っ赤な茹でダコだ。
たまらず少し尻を浮かせて風呂からあがろうとした瞬間。
「…阪神淡路大震災で…」
嘘だろマジか!!
かなり限界に近い清だが、話出しが重すぎる。
無理だ出れない。
「…多くの人が亡くなった。
神も仏もこの世に居ないと、多くの人が思ったろう…
山門の外の落書きは、その頃描かれたものだ。
誰も救えなかった…無力を感じた。
清が私の読経が御霊に道を示していると教えてくれた。
救われた。感謝している」
ザバっ!!ザバっ!!
茹でダコが二匹がフラフラと、ただし先を争う様に扇風機のある脱衣所に向かった。




