第壱章 怪奇ノ館 2
学校から歩いて10分ほどにある商店街に、「翠点喫茶室」はある。一枚板の看板に「創業百年」と刻まれているが、それはもうずいぶん前に改装された頃のものだから、おそらく開店してから百二、三十年は経っているのではないだろうか。要するに、この町でも指折りの高級店……高校生が愛用するような店じゃないってことだ。
その奥の席に、僕は廻さんと向かい合って座っている。
駅前のファストフード店であれば、学校の生徒たちも多く出入りしているから誰に目撃されるかわからず気が気じゃないけど、この店ならその危険は、たぶん無いだろう。
とはいえ、廻さんと二人きりだなんて、それはそれで落ち着けるはずがない。できれば、早く帰りたい。もう、さっさと謝って、とっとと帰りたい……けど、また逃げるように帰ったらそれはそれで火に油を注ぐかも……。
「あのぅ……すみません、話というのはやっぱり……」
廻さんは、優雅にティー・オレの入ったカップを傾けながらも、僕から視線を外さない。ここに来てから、ずっと鋭い視線を僕に向けたまま、言葉を発しない。
僕も同じものを口に含みながら、恐る恐る彼女の顔色をうかがう。
と、とりあえずこっちから先に謝った方がいいよな……けど、相手の言葉を待たずに勝手に謝ったりしたら、それはそれで怒りを買うかも……いや、でもずっと黙りこくってるのもイライラさせるのでは……ああもう、わかんなくなってきた! どうしたら穏便に済ませることができるんだ?
目まぐるしく頭の中で堂々巡りを繰り返していると、廻さんが口を開いた。
「頼光くん!」
ティーカップをテーブルに叩きつける音が店内に響く。
「はいっっ!」
思わず背筋が伸びる。ゴクリ、と唾を呑み込む。
「……朝の……ことなのだけど……」
来たっ! 謝るなら、いまかも! このタイミングかも!
僕はテーブルに両手をつき、頭を下げる。
「……あなた、見えているのよね?」
「…………はい?」
「見えているのでしょう?」
身を乗り出す廻さん。同じぐらい身を引く僕。
「み、見えてる……って、おっしゃいますと……」
「朝の、アレのことよ! あなた、見えてたのよね?」
上体をさらに乗り出す廻さん。制服越しに胸が寄せられる。思いのほか豊かな……じゃないっ! 僕は不埒な気づきを、思いっきり首を振って打ち消す。
「え? 違うの? 見えてたんじゃないの?」
「あっ、いえっ、そうじゃなくて……」
朝のことって……アレって言ったよな。やっぱ異形のこと、だよな。
「朝のアレっていうと……僕の周りにいたアレのこと……ですか?」
廻さんの表情に、歓喜らしい色が走る。
「やっぱり! やっぱりあなた、見えるのね?」
あれ? 僕の無礼な態度のこと……じゃ、ないの? 怒ってない、のか?
「あのとき、何体いたのか、言ってみて!」
「いや、でもあの……」
なんだか妙な方向に話が進んでるぞ。どうやら怒っているわけではないようだけど、それはそれとして、僕は躊躇した。朝に遭遇した異形のことをマトモに話すのはキケンだって、知っているから。昔、同じように遭遇したモノのことをうっかり話して変人扱いされたことが……心とカラダに刻み込まれているから。
「いいから、ちゃんと答えて!」
ドンッ! と、テーブルを叩く廻さん。いつもクールな人なのに、こんなふうに興奮することもあるんだ……。こりゃテキトウに誤魔化したりしたら、それこそ激昂されるかも。
「はい……えっと、3体だと思います」
廻さんの美しい眼がみるみる見開かれる。
——沈黙。
——さらに沈黙。
廻さんは、目を閉じてスゥ〜ッと息を吸ってから、ふたたび目を開く。
「そっかぁ、全部、見えてたのかぁ」
背もたれに身体を預けるようにして、廻さんは上体を反らせ、大きく伸びをした。
「よしっ!」
伸び、からの、小さいガッツポーズ。カンベンしてくれ、可愛すぎる……。こんな姿、誰も見たことないだろ、絶対。
けど、何でだ? 何のためのガッツポーズ?
「あのぅ……」
「素敵っっ!」
「へっ……? す、ステキ??」
カァ〜ッと赤面するのを感じる。そりゃそうだろう。こんな超絶美少女にワクワクした顔で見つめられてステキとか言われたら、誰だってカン違いするだろう……。
廻さんは、ゆっくりと息を整えている。が、ほのかに顔が紅潮しているようにみえる。必死になって声のトーンを抑えるように、静かな口調で言う。
「……ね、あなた、しょっちゅう、ああいうモノが見えるの?」
僕が口ごもっていると、廻さんは、しきりにうなづきながら言った。
「大丈夫。私、そういうの大丈夫だから、正直に答えて」
彼女の黒い瞳は、まるですべてを見透かしているかのようで……この人になら話しても大丈夫かもしれない……そんなふうに僕は感じてしまった。
「し、四六時中ってわけではないですが……このところ、増えてるかもしれません」
「このところって……いつぐらいから?」
「はっきりとは覚えていませんが、高校に入学したあたりから……かも」
いつの間にかノートを取り出して書き込んでいる、廻さん。
「ふむふむ。それで、見え始めたのは、何歳ごろからなの?」
「それも定かではありませんが、小学校に上がる頃にはもう見えていたかと……」
「なるほど。その頃にはもう、鮮明に見えていたの?」
「はい。その頃はまだ、生身の人間と区別がつかなくて、よく混乱してましたから……」
「素敵……素敵だわ」
どんどん上気していく廻さん。鼻息が荒くなってきてるような……。
「そっ、それでっ、それで、み、見えるだけなの? 音は? こ、声とかは?」
声がうわずってきてる。もう感情を抑えきれなくなってきてるような……。
「声が聞こえるときもあります。話しかけてきたり、声だけが聞こえるときも……あるかな」
「かっ……会話はっ? 会話は、どうなのっ?」
「あ、それは、いまは敢えてしないようにしてます。引っ張られるっていうか、呑み込まれるっていうか……収拾がつかなくなりそうなので」
廻さんは、ノートをとる手を止め、下を向いて首を振る。ハァッハァッと息を荒くして、しばらく沈黙する。タータンチェックのミニスカートから伸びた長い脚を何度か組みかえる。
「すっ、素晴らしいわっ!」
「ぅぇえええええっ?」
廻さんに手を握られて、また顔が熱くなる。
「頼光くんっ! あなた、素晴らしいっ!」
僕の手をブンブン上下に振りながら、小鼻を膨らませている。もはや学校にいるときとは完全に別キャラだ。ちょっとヘンなテンションだけど、美しい。たとえ酔っ払って虎になっても、想定外のことで慌てても取り乱しても、きっと美しいんだろうなぁ。これほどの破壊力を持った造形美……見惚れないでいるなんて、ムリだよ……。
「ちょっと、聞いてるの?」
「うわっ、は、はいっ!」
まずい。ぜんぜん聞いてなかった。完全に自分の世界に浸ってた。
「じゃあ、いいのね? OKということね?」
「あわわ……ご、ごめんなさいっ! ちょっとボンヤリしてました!」
廻さんの手から自分の手を引っこ抜き、テーブルに置いて頭を下げて平謝りする。
「もうっ! それ、やめてくれる? お友達になってくれるのでしょう?」
「おっ……オトモダチ……ですか??」
「OK……してくれたんじゃないの?」
僕の顔を見る眼に、少しだけ不安の色が差している。こんな顔をされたら、放ってなんかおけないだろう。期待に応えたくなるだろう。
「も、もちろんですっ! もちろんOKに決まってます! っていうか……逆に、いいんですか、僕なんかで……」
廻さんは、フゥッと息を吐き、落ち着いた口調で言った。
「そういうのも、やめてね。なんか、腫れ物に触るような……」
「いやいやいや、そういうつもりじゃなく……だってほら、完璧だから廻さん……釣り合いが取れないっていうか、僕なんか陰キャだしアヤシイ霊感体質だし食物アレルギー持ちだし……」
「あなたみたいな人、探してたのっ!」
耳を疑った。そんなこと、いままでの人生で言われたこともない。実の両親にだって。今度は、僕の方が冷静になって落ち着いた声で言う。
「あの……なんで僕なんでしょう? ひょっとして何か大きな誤解とか……」
「誤解なんかしてませんっ!」
廻さんは、ノートを指差す。
「いま、私の問いに答えてくれたこと、しっかり聞いた上での判断ですっ!」
これはもしかして——。
僕の頭の中に、あるキーワードが浮かび上がってきた。
「も、廻さんって、もしかして……」
——オカルトマニア、と言おうとして、別の表現に変換する。
「あの、超常現象とか、そういうものに興味がある人……なんですか?」
コク、コク、とうなずく廻さん。目を丸くして、僕を見つめている。心の中で、プシュ〜ッと僕の顔から湯気が出る。ヤバい、落ち着け。挙動不審者になりかけてる。僕は、ポケットに手を突っ込み、お守り袋を握りしめて深呼吸した。
「ま、まぁわからないでもないです、けどね。廻さんぐらい完璧で、なんでもできちゃう人だと、そういう常識外の現象なんかにちょっと惹かれるってことがあっても、ね。退屈しのぎっていうか、興味本位で覗いてみたいっていうか……」
廻さんは、僕の話を聞いているのかいないのか、カバンに手を突っ込み、ドサドサと本を取り出してテーブルに載せた。
「え? え?」
ハードカバーの書籍やら雑誌やら、そのことごとくがオドロオドロしい装丁やタイトルのオカルト系ばかり。そして、おびただしい付箋の量。これ、ちょっとどころの騒ぎじゃない。
……ガチだ。
タブレットまで取り出した。
凄まじい量の電子書籍。流れるような手つきでスワイプ、凄まじいスピードでスクロール……。至る所にマーキングの跡。
……完全に、ガチだ。
ニヤリ、と不敵な笑みを見せながら、廻さんは、次々に付箋箇所やマーキング箇所の記事について解説を始めた。
一体どこまでこの話は続くんだろうと、アタマが麻痺し始めたところで、廻さんはグイッとティー・オレを飲み干し、店員さんを呼んでおかわりを注文した。「あなたの分も、頼むわね?」と目で合図してから、僕の分も追加注文。この話……まだ続くらしい。
2杯目のティー・オレが無くなりかけたところで、廻さんのアツすぎる解説は、いったん終わった。
……ガチどころの話じゃない。これ、普通ならドン引きされるレベルだ。
「……ね?」
満足そうに言う廻さん。
「で、どう?」
どうって言われても……いやぁすごいですねぇとか? ずいぶん勉強されてるんですねぇとか? ダメだ、陳腐なレスポンスしか出てこない。あんた、すげえや、っていうのが嘘偽りのない本音なんだけど。
「き、聞かせていただいた限りでは、その……じ、実に信憑性がある事例ばかりのように……うん、そんなふうに僕には思えました、けどね」
大丈夫だったかな。抜かりなく答えられたかな。
「頼光くんっ!」
「うわぁっ! はいっっ!」
迫力あるんだよなぁ、美人って大声出したり、突発的なアクションをすると……。
「さすがだわ。そうなのよ! いま伝えた事例はどれも、確証に基づいていて、信憑性があるのよ。うん! いいわ。あなたがとても正確にこれらの事例を捉える感覚があるってことが、わかった」
あ、よかったんだ……それは、よかった。
「でね? その感覚を持つあなたに、聞きたいのよ」
こ、今度はなにを……。ヤバい、いろんな意味で鼓動が速くなってきた。
「今朝のあの現象、あなたはどう捉えているのかしら? あの3体の異形の正体は何だと考えているのかしら?」
なるほど、そう来たか。でも、もう憚る必要はないよな。ここまでガチなオカルトマニアなんだから、正直に話したところで変人扱いされることはない……はずだ。
けど、どう答えたらいいんだろう。ありのままを話してもいいんだろうか?
「どうしたの? 何か困ったような顔、しているけど」
「いえ……」
言いながら、額の汗を手で拭う。
「今朝のアレ、ですよね……これまで何度か見たことのあるヤツです。決まってあの辺りの場所で、見るんですが……」
「初めてじゃなかったのね? それで? どんな素性というか、因縁というか……正体はなんなの?」
「それは……その……」
うまい言葉が出てこない。ストレートに言ってしまうのは、やっぱりちょっと……。
「そこまではわからないのかしら? それとも……」
僕が迷っていると、廻さんはどんどん畳みかけてくる。
「大丈夫よ、変なふうに思ったりなんかしないから、遠慮しないで? 私がそういう世界を疑っていないってことは、もうわかっているでしょう? 思ったまま、そのまま言っていいのよ? さぁ、余計な気づかいなんていらないから、言って、ほら! ほらほら!」
せき立てられて、僕は若干パニック気味になる。弱いんだ、煽り立てられるのって……。
「あ、あのっ……気分を害したり……するかもしれないから……言わない方が……」
「気分を害する? 私が? この私が?」
心外だ! とでも言いたそうな色が声音に混じっている。プライドを傷つけたのかも。怒られるかも……。
だが、廻さんは深呼吸すると、柔らかい声で言った。
「ありがとう……気づかってくれているのね? でも大丈夫。こう見えても私、図太いから」
にっこりと笑って見せる。なんてキレイな笑顔だろう。パッと花が咲いたみたいだ。
「お友達になったのだから、覚えておいて? 私、ハッキリ言ってもらう方が好き。それがどんな内容のことでも。むしろ曖昧にされたりボヤかされる方が、気持ち悪くて嫌い。それに、滅多なことじゃ気分を害したりヘコんだりしないよ。かなりタフだよ? だから、ちゃんと言って!」
たしかに、この人は強い人だ。きっと。
僕は、肚を決めた。
「わかりました。たぶん、あの3体は……元うちの学校の生徒です」
「……そう」
宣言した通り、廻さんは動じることなく、ただ大きくうなずいた。
「と、いうことは、頼光くん……」
「……はい」
今度は、僕がうなずく。
僕らの学校には、闇の部分がある。
生徒なら誰もが知っていて、誰もが目を伏せている部分。
この元出雲高校は、たしかに超優秀な進学校ではあるが……実は、毎年必ず数人の休学者・退学者が出ている。
その内訳は、ほぼ「寺社枠」で特待生として入学した生徒だ。
学力に関係なく推薦同然で入ったため、勉強についていけなくなったことが理由とされているが、休学者や退学者はメンタルをやられて記憶障害に陥ったり……中には消息不明とか自殺したなんてことまで、まことしやかに語られている。自殺者の幽霊が夜な夜な校舎に出没する、なんてウワサまである。
しかし、在学生の誰一人として休学者・退学者本人に会ったわけではなく……まして幽霊なんか、そうそう出会えるものではないから、「学校の怪談」的なウワサとして収まっている。
「どうもアレは、なにかに怨恨を残したままあの辺を彷徨っているみたいです。僕の幻覚や幻聴でなければ、ですけど」
「学校に恨みを持って地縛霊みたいに……あの辺りや校内をウロついているってことなのね」
「あくまで僕の感知したところでは……ってことですが」
「ほかにも、いるの?」
「僕がキャッチした限りですが……あと何体か、いると思います」
ふむふむ、と廻さんはなにかをアタマの中で整理しているようだ。
「ちょっと話を変えるわね。あなた、いつもアレみたいなモノが見えているの?」
「いえ、体調によるっていうか……」
「どんな体調のときに、見えるの? 例えば今朝は、どんな体調だったの?」
廻さん、ものすごい期待に満ちた顔でこっち見てるなぁ。これ、とっても答えづらいんだけど、なんか答えなきゃ……。
「え、えと……今朝のアレ、ですよね? うん、アレね。あっ、そうそう、宍道湖をですね、想像してたらなんか怖くなっちゃって……」
廻さん、微動だにせず、僕を注視している。アセるなぁ。うまく説明しなくちゃって思うけど、自分でもよく掴みきれないことだし……困ったなぁ。
「あ、あの水の下ってどうなってるんだろうとか、すごい水深が深かったら……とか想像したらもう、おっかなくて……へへへ、おっかないっていうのもアレだけど……」
廻さんをチラ見する。真っ黒い眼で、ジィッとこっち見てるな。元から黒い眼だけど、これってあれじゃないの? 失望して眼が黒くなっちゃうってやつ。き、期待に応えなくては……廻さんが満足するような答えを言わなくては……。
「し、宍道湖の話なんかカンケイないか……えっと何が言いたいのかっていうと……あ、そうだ、恐怖心が大きくなってですねぇ、こ、心の中にあの、黒いタールみたいな感じがぐわわーって発生して、えっと、車のフロントガラスが雨に当たる……じゃない、逆だ、雨がフロントガラスに当たるみたいにそのタールがボチッ、ボチッて衝突して……そのうち一面真っ黒になって……」
やばいやばい、廻さん、僕から目をそらして、髪の毛をいじり始めたぞ。指でクルクル巻いて、パッと指から放して、またクルクルと……いかん、見惚れてる場合じゃないっ!
「コホンッ! 要するに……そうっ、周波数です! 戦慄の周波数! それが引き合ってアレを呼び寄せたんです!」
ピタッと、廻さんの手が止まった。そして素早く、僕に視線を移す。
「いま、何て言ったの?」
「いや……すみません、意味わかんないこと言っちゃいました、よね」
「いいから! もう一度、言いなさい!」
グイッと上体を乗り出し、顔を近づける。あまりに速くて、今度は距離を置くことができなかった。鼻と鼻が……触れそうになってる。
「せ、戦慄の、周波数……か」
至近距離で見つめ合う廻さんの瞳に、僕の顔が映っている。ほのかに、いい匂いが漂ってくる。
廻さんは、ゆっくりと元の位置に身体を戻して座り直し、少し考え込む。顎に手を当てている姿は、まるで私立探偵のようだ。
「……あなた、アレみたいなモノを見るときは、いつもそうなの? その、戦慄の周波数というのを、感じるの?」
「うまく……説明ができないんですが、なんかピリつくっていうか、ざわつくっていうか、皮膚がザワザワするんです。それって、皮膚から、その、電波……みたいなものが出ていて、うまく言えませんが、なんかそういう周波数みたいな感じで……」
「脳波はアルファ波とかベータ波とか、周波数を持っているわね……さっきの話だと、思考が巨大な恐怖を作り出しているみたいだから、ガンマ波の変種みたいな周波数が発生して、皮膚に影響しているのかしら……ふむふむ」
僕にはチンプンカンプンだけど……僕の支離滅裂な話を、廻さんは整理し分析してるみたいだ。なんだかわからないが、やっぱこの人、アタマいいんだなぁ。
「周波数かぁ……うん、面白いわね。あなたから発せられる特殊な周波数と共振する周波数を持ったモノが、あなたの周りに現れるってことかしら……。それとも、逆に異形から発せられる周波数を、あなたがキャッチしてるのかもしれないわね。どちらも仮説としては面白いかも」
「はぁ、そーなんです……かね」
「頼光くん」
「……はい」
「この仮説、ちょっと検証してみたいわね」
「はぁ……」
「次の週末、空いてるかしら?」
「空いてるって、いうと……?」
「予定があるかって、聞いてるの」
「あ、あはは……あるはずないです」
「よかった。じゃあ、うちに来て」
「はぁ…………はいっ? ええっ?」
「スマホ、持ってる?」
「持ってます、けど」
「出して」
あれよあれよという間に、廻さんは僕のスマホと彼女のスマホを接続し、コミュニケーションアプリで友だち追加をしてしまった。
ピコン! という音がして、メッセージにURLが表示されている。
「それ、私の家のMAPよ。土曜の10時に待ってるわ。ちょっと遠いけど、時間厳守だからね!」
廻さんはそう伝えると、スマホで時間を確認した。
「いけない、もう帰らなきゃ! つい長居してしまったわ……」
そそくさと荷物をカバンに詰めながら、上目遣いで僕を見る。
「すごく……楽しかったから」
ドキンッ! と心臓が高鳴って、僕は目をそらす。
「ごめんね、先に出るけれど、あなたはまだゆっくりしていてね。今日は私からお誘いしたから、おごるわね!」
サッと伝票を手にすると、廻さんはレジに向かい、会計を済ませるとダッシュで帰って行った。
残り香に包まれながら、僕はボンヤリ彼女が残していったティーカップを眺めている。
「夢じゃ……ないんだよな」
スマホで、彼女が送ってくれたURLにアクセスすると、MAPにマーキングが現れた。
「……え?」
僕は、一度MAPを閉じ、もう一度アクセスした。やはり、同じ画面が表示される。
「ここって……マジか?」
皆既亭翠屋——マーキングの横に、そうコメントが添えられている。
「怪奇館……だよな、これ」
この地域でもわりと有名な古い旅館。
その古色蒼然としたオドロオドロシイ外観から、地元の人間はみな「怪奇館」と呼び、遠巻きにして近寄らない場所。
「実家なの? ここが??」
ストリートビューに切り替えると、その恐ろしげな写真が現れた。間違いない、怪奇館だ。
週末の……僕の甘美な妄想に、ピシッ! とヒビが入った気がした。




