第弐章 長ヒ夏休ミ §【夏休み12日目】その2
*▶︎▶︎pers.KODUKA
やっぱりね。
だいたいこのぐらいの時間に、頼光さんは個室露天から出て本屋敷に戻るんだ……今日は、それほど待たずに済んだわ。
「頼光さん!」
偶然会ったような感じで、駆け寄ると、頼光さんも笑顔で応えてくれた。
「小柄さん! よく会いますね」
可愛い……ワンちゃんみたい。
「顔色いいじゃない! 温泉の効果かな」
頬に手を当てると、頼光さんは戸惑ったような感じで苦笑した。フフフ、女の人からこんな風に触れられるの、慣れてないのね。
「けど……フラフラです」
「あら、長湯しすぎたんじゃないの?」
笑ってあげると、頼光さんも笑い返した。知ってるよ、長湯のせいなんかじゃないよね。女将さんの荒療治で、骨身が悲鳴をあげてるんだよね。立ってるのもやっとなんでしょ?
「今日は、高堂さんとはお話しなかったの?」
「え? 高堂さん? あ、いやいや、そんなしょっちゅうは……ほら、忙しい人じゃないですか」
「あれから、お話はしてないの?」
「ええ、直接は……」
直接は……って言ったね。
「そっか、スマホの連絡先、交換してたもんね、フフフ」
頼光さん、曖昧な答えをしてる。図星ってとこね。
「あの……ね、頼光さん?」
伏目がちに、遠慮がちに。
「それ……やめた方がいいかも」
「それ、っていうのは……」
「あんまり高堂さんと、その、えっと、アレするのは……」
「あ、はい……そっか、そうですよね。また佐柄さんに……怒られちゃいますよね」
「えっ? あぁ、そうね、それもあるんだけど……その、言いづらいんだけど」
気にしてる。だけど……。
「……あ、やっぱりやめておくわ。私、あんまりこういう言い方、好きじゃないから」
「いやいや、気になるじゃないですか。なんです? 言ってください」
「ごめんなさい、気を持たせるような言い方しちゃって……でも、やっぱり言わない方が……」
「そう、ですか? あの、じゃ、無理には……」
あら、もっと食いついてくると思ったけど。思いのほか、粘りのない子。
「あなたのために、言っておいた方がいいかな……でも、ここだけの話にしてくれる?」
「わかりましたけど……な、なんでしょう」
「あの方は、その、いろんな立場の方で……わかる、よね?」
「ああ、そうみたいですね。いろんな会社の……」
「うん、会社もそうなんだけど……いろいろなのよ、言ってる意味、わかるかな」
ピンと来てない感じね。そりゃそうよね。
「あのね? 場合によっては、この館にとって不利益になるような立場についたり……商売敵を陥れたり……その、裏の顔もある人なのよ」
「そう、なんですか?」
「あ、でも勘違いしないでね? 悪い人とかそういうことじゃないの。あれぐらい偉い人になるとさ、仕方ないと思うんだ。わかるでしょ?」
「あ〜、つまり、オトナのアレですね?」
「そうそう! そういうことなのよ。だからね、あんまり信用しすぎないっていうか、言葉通りに受け取らないっていうか、ちゃんと距離を置いた方がいいってこと。わかる?」
「なるほど、そういうことなんですね……」
いまね、手を握るのは。
「悩みとか、そういうのなら、私が聞くよ? だから、大丈夫だよ?」
ギュッと、握る手に力を込める。
「……キレイな手。ここにもアザ、あったんでしょ?」
「え? ああ、そうなんです! でもほら、もうこの通りです!」
「そっかぁ、よかった! ほんっと、よかったね、頼光さん!」
「ありがとうございます。そんなに喜んでもらえるなんて……」
「当たり前でしょ? だって頼光さん、なんか、弟みたいなんだもん」
「そっ、そんな風に思っていただいて……なんていうか……」
「だからね、頼光さん、なにかあったらいつでも私に声かけてね? 相談してね?」
泣きそうな顔で帰っていったわ。
可愛い子。素直な子。
ちゃんと御役目を果たさせてあげなきゃね。
私は、個室露天に立ち寄った。
この館でも、特別な場所。
女将さんの目に叶った人だけにしか許されない場所。
湯船を見下ろす。
特別で、美しいお湯。
強力な、容赦のないお湯。
御霊柱に目をやると、かなり霊力に曇りが感じられる。
頼光さん以外にも、ここ、使われているようね。
それも、相当ケガレの強い……タチの悪い輩に。
御霊柱が、その輩のケガレを吸って苦しんでるじゃない。
大丈夫だよ。
私は、それを手に取って、湯船に落とした。
それは、目を見開き、苦悶の表情を浮かべて……やがて、無表情になった。その拍子に、御霊柱の口からフワリと人魂のようなものが飛び出した。
「フフフ、御霊柱から隠魂が飛び出て……逆戻りしたね……」
私はそれを鷲掴みして、口に放り込んだ。
「あぁ美味しいこと! 御霊柱もこれで浄化されて……いい感じに、お湯でふやけていくわ。素敵。これも美味しいのよねぇ。美味しく、美味しく、美味しくなーれ」
本体のほうも、もう食べちゃっていいわよね。
代わりの御霊柱、どこかから持ってこなきゃ。
頼光さんは、御霊柱には収まらない霊力の人みたいだから……。




