第弐章 長ヒ夏休ミ §【夏休み12日目】その1
§【夏休み12日目】
*▶︎▶︎pers.ASATO
お昼ご飯は、今日もヒナギさん特製の「おむすび定食」。
あ、いや、毎日同じってわけじゃない。ヒナギさんは料理が苦手ってわけでもない……たぶん。
ちゃんと毎日ちがう具にしてくれてるし、味噌汁だって豆腐、大根、油揚げのローテーションだけどお味噌を変えたり出汁を工夫したり……そ、そう! 玄人はだしなんだ。あ、でも、このところ大きく変わったところといえば、お米が玄米になった点かな。これは朝食と夕食もそうで、完全に玄米菜食に切り替わった。女将さんの方針らしくて、身体の浄化作用を高めるってことらしい。いわゆるデトックスってやつだな。
僕は幼少期から重度の食物アレルギーだったので、物心ついたときには制限食だったし、中学から玄米食や三分づきのお米だったんだけど、ずっと家族からの愛情を感じずに育ったから、てっきり僕だけ差別されているんだって思った時期もあった。親からは体質改善のためとか聞いてはいたけど、いまここにきて、それは本当だったんだなって実感している。今回の件で女将さんから、呪詛という毒素みたいなものを身体から完全に排出するために食事の担う役割がとても大きいと教わったからだ。女将さんは相変わらず厳しい口調だけど、ヒナギさんも同じ説明をしてくれたから、もう僕は余計な邪推はしていない。それに、たしかに身体のアザは、目に見えて薄まってきている。熱っぽさもいまのところ無いし、やっと改善が顕著になってきたんだと思う。夏休みはまだ半分以上残っているし、後半戦はこの勢いで完治まで持ち込みたいところだ。連日の女将さんの治療は厳しくツラいけど、希望が見えてくると、なんか耐えられそうな気がする。
とはいえ、ヘトヘトには違いないんだが……。
「頼光くん、大丈夫?」
「あっ、はいっ! はい、もちろん!」
「……食卓に、突っ伏していたけど」
「いや、ちがうんです! ちょっと眠気が……満腹になるとほら、瞼が重くなったり手が熱くなったりするでしょう?」
「赤ちゃんじゃないんだから……でも、玄米が体温を上げる働きがあるのは確かよ」
「それです、きっと! もう、手がポカポカしてます」
「ちゃんと噛んで食べた? 玄米は、50回噛みが基本ですからね?」
「ハハハ……ヒナギさんこそ、それ、お母さんっぽいですよ」
「ば、ばかっ! 変なからかい方……しないでくれる……」
あれ、みるみる赤面してる。もしかして、またデリカシーのないこと言ってしまったか?
「そ、それにしても、おかげさまでアザの調子もよくなってきてる気がしますし……あ、そうそう、それにですね、なかなかの快挙なんですよ」
「……なにが?」
上気した顔を冷まそうとしてるのか、ヒナギさんは自分の手でパタパタあおいでいる。
「このところ、怪異を見たり聞いたりすることが、ほぼ無いんです! これまでの僕の人生では、あり得なかったことですよ。快挙です!」
「そう、なのね」
「これは、体質改善の影響もあるかもなんですが、明らかに護刀の効果もあると思うんですよね」
ヒナギさんは、小さく驚いた……ように見えた。
「おそらくなんですが、メンタル面の改善があるように思うんです」
「そうなのかしら……」
「なんというか、心強いっていうのか、護刀を肌身離さず持っていると……」
僕は、腰のホルスターに手をやった。
「強力なチカラに守られてる感じがして、不思議と不安が無いんですよね。以前みたいに、自分で不安を作り出し、それを自分で増幅させて……あの〝戦慄の周波数〟みたいなものを発振させるみたいなことが無くなったから、妙なモノを呼び寄せなくなったんじゃないかなぁ。おかげで例の失神や暴走みたいなこともないから、もうほんと助かってます」
「でも頼光くん……」
「あ、これっていわゆるプラセボ効果、みたいなものかも。ヒナギさんも知ってるでしょう? 薬だと信じて飲むとデンプンでも効果が出ちゃうってやつ」
「……」
「でもあれって、僕は立派な効果だと思うんですよね。人間が本来持っている自然治癒力を発動させるキッカケなら、それはそれで立派な効果だと思いませんか?」
「でも頼光くん、午前中の家庭教師の時間、ツラそうにしていたじゃない……」
「いや〜メンボクありません! ちょっと睡眠不足なもので……気をつけます」
「そうじゃなくて……」
「ヒナギさん、親身になって教えてくれてるのに、失礼ですよね。ほんっと、すみません。気をつけます」
「気をつけるとかではなくて……」
「でもね、ヒナギさん! 寝不足にはちょっと苦労してますけど、まもなく克服しますからね。な〜んか、護刀を手にすると、シャキッとするんですよ。きっとハードな環境にも耐えうる心身になりますから」
「少しの間、午前中のお勉強は、休んでもいいのだけど」
「いえいえ! とんでもない! ヒナギさんのおかげで、もうほぼ宿題は終わりましたし、休み明けのテスト対策も順調に進んでるんです。なんか、テスト、いけそうな気になってきてるんですから。休むなんて言わないでくださいよ」
「でも……」
「大丈夫ですってば。予定通りでお願いします!」
「そこまで言うなら……そうするけど」
「ヒナギさん、僕は心から感謝してるんですよ。いつも僕の体調とか、いろんなこと、気づかってくれて……女将さんだって、そりゃ厳しいけど、でも僕の呪詛を解消してくれるためですもん。実際、よくなってきてるし。大切な護刀まで貸していただいて……ほんと、感謝なんです」
「……そろそろ、治療の時間ね」
ヒナギさんは、僕の分まで食器を片づけてくれ、キッチンで洗い物を始めた。
今日は終始、元気がないというか、悲しげな顔をしているのが気になったけど、心底僕を案じてくれているんだと思い、僕はもう一度ホルスターに手を当てて護刀を確かめ、いったん部屋に戻った。
午後からの治療は、今日はぶっ通しで3時間。妙な感じだが、どの手当てのときにどんな痛みがくるかが徐々にわかってきたので、無駄に叫び声を上げることが無くなってきた。いったん潰れた声も、もう回復して、その後は潰れていない。ただ、治療後の体力の消耗は変わらずで、しばらくは部屋に戻ってベッドの上で動けない状況。しかしそれも、そういうものだと、もう頭では納得できていた。
その体力の消耗も、だいたい30分ほどすれば、どうにか動けるところまでは回復するようになり、その後で夕方から入浴すれば、体が温まってかなりラクになることもわかってきた。
いつものように個室露天で温泉に浸かり、上がった頃には、足取りも確かになっていた。確実に、身体がハードな状況に慣れてきているように感じる。
本屋敷へ戻る途中の廊下で、小柄さんに会った。よく会うなぁと思いながらも、そりゃそうかと思い直す。小柄さん、忙しく館内を行ったり来たりしてる人だから。
「頼光さん!」
小柄さんは、満面の笑みで駆け寄ってきた。その温かい笑顔に、温泉で温もった身体がさらにポカポカするような気分になった。




