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第弐章 長ヒ夏休ミ §【夏休み11日目】その2


 

  *▶︎▶︎pers.KODO

 


 竜胆の間で、俺は二人の部下から報告を受けている。

 俺には、いくつかの顔がある。

 株式会社ドグマ・ソリューションズの創業者にして代表取締役会長。

 榊良ホールディングス合同会社の元CSPO(最高特処責任者)にして、現・相談役。

 今回、皆既亭翠屋に5名の部下たちを引き連れて連泊してるのは、この両方の顔としてだ。

 会社組織でメンタル面のサポートが欠かせなくなって、もう久しい。しかし実はその中には、公表こそされていないが霊障によるものが少なくない。そしてその霊障のほとんどは、人間関係や劣悪な業務によるストレス、憎悪などがケガレとして蓄積し、臨界点に達して隠魂やオヌモノ化するというケースなのだ。

 表向きは精神疾患やメンタルヘルス不調として処理されているが、実際のところは「特処(特別処理)」として分類され、皆既亭翠屋のような場所で療養させることが義務づけられている。

 俺が以前就任していたCSPOとは、まさにそういうことにたずさわる部署の総責任者であり、その職を離れてからも相談役として、ときおり今回のような援助をしている。

 だが、いま俺が二人の部下から報告を受けているのは、もう一つの別の顔としてだ。

 部下の一人は斑鳩。もう一人は富嶽。いずれも通り名であり、本名ではない。通り名を使わなくてはならない理由は、隠魂守として動くためだ。そう、実は「高堂」っていうのも、通り名だ。そして俺たち3名は、ただの隠魂守ではない。

 樹雨會(きさめかい)上級理事--それが俺の三つ目の顔、だ。

 樹雨會とは、全国の隠魂守を統括する組織で、その活動は完全非公表だが、皆既亭翠屋のような「祓」の役割を担う「御役目ノ館」の査定も行なっている。隠魂守が活動するために欠かせない施設が、その機能を十分に持っているかを調査し評価するのだ。したがって、樹雨會に所属できるのは、多くの隠魂守の中でも群を抜いて秀でた者だけ。俺はその査定責任者、斑鳩と富嶽はそのサポート要員として、今回、この館に入っていた。

 樹雨會が動いたということは、御役目を果たすための機能に懸念がある、と疑われたことを意味する。

 今回の連泊開始初日から、俺は査定のため、重篤な霊障を発症した社員を湯治させていた。その改善状況について、斑鳩と富嶽の報告を受けていたのだ。

 「3名の対象者のうち、2名についてはわずかながら症状の改善が見られるものの、1名は現状、悪化の様子が見られます」

 斑鳩が、霊障測定器を片手に報告書を読み上げた。この測定器も、俺の会社ドグマ・ソリューションズ製だ。

 「その1名というのは……榊良ホールディングスの重光か」

 「はい。彼は霊障5度で、上腕部と胸部〜腹部にかけてタダレが見られ、激昂するとオヌモノ化も認められます」

 斑鳩は引き締まった身体に短く刈り込んだ髪、まるで自衛隊員のような外観だ。

 「タダレが悪化しているということだな?」

 「そうです」

 「その他の2名は?」

 「いずれも霊障3度。二の腕に小さなアザはありますが、それはわずかながら改善が見られます。ただ、鬱症状が抜けません」

 これには富嶽が答えた。長めの癖毛で、黒縁メガネ。昔の文学青年のような印象を与える。

 「なるほど……」

 俺は、報告書を置き、天井を仰ぎ見た。

 「霊障5度の場合、健全な泉質でも改善の兆しが出るまでそれなりの時間はかかる。が、悪化するというのはあり得ん話だ……。霊障3度なら、もうとっくに顕著な改善が見られるはずだし……」

 「上級理事、やはりここの泉質は明らかに低下しているのではないでしょうか」

 富嶽は、メガネを指で押し上げながら、早口に言う。

 「それは確かだと考えていいだろうな」

 「上に、報告しますか」

 俺はフッと息を抜いて微笑んだ。

 「いや、もう少し様子見だ」

 斑鳩と富嶽が顔を見合わせる。

 「単純な問題ではないかもしれんのだ」

 「高堂さん……なにか、情報があるのですね?」

 斑鳩の方が、俺の下についてから長い。こういう口ぶりのとき、俺がなにか重要な情報を握っていることを、こいつは知っている。

 「哭血縄比売が、関わっている可能性がある」

 部下二人が息を呑んだ。

 「ここの主が、もう12年ものあいだ眠ったままの状態だということは知ってるな?」

 「知っております、上級理事」

 富嶽が、資料が詰まったファイルを机に置いた。

 「斑鳩は、以前、太刀花さんからも聞いたことがあったな?」

 「はい。12年前、当主の刀右衛門さんが哭血縄比売を封じようとして戦闘になり、呪詛を受けたと……ただ、それは太刀花さんの推測で、実際のところはわからないという話でした」

 「その通りだ。俺が女将から聞いた話も大筋は同じだが、細かい部分になると微妙に太刀花さんの話とは違う。本当の経緯は不明なんだよ。ただ、どっちの話も哭血縄比売と呼ばれる怪異が何らかの関わりを持っているってことは、共通してるんだが……」

 「高堂さん、それが今回の泉質の変化と、一体どういう関わりが……」

 「まだ確証が無いから、いまは伏せる。近いうちに聞き出す予定だ。もう少し、待ってくれ」

 「わかりました、上級理事。では、まだ上への報告は控えるということで、了解しました」

 「すまんな、富嶽。事が事だけに、慎重に進めるべきだと考える。君たちは、引き続き霊障測定と記録を続けてくれ」

 「了解です。しかし上級理事……泉質の低下が確かだとすれば、霊障5度の重光が気になります」

 「高堂さん、それは自分も気にしていました。これ以上の悪化が見られた場合、重大なインシデントが起きる確率が急増するでしょう。治療レベルを上げるか、それが難しければ、いったん監禁設備のある施設に収容するとか……」

 「あいつも好き好んであんな風になっちまったわけじゃない。ある意味で会社の犠牲者ともいえるんだ。極力〝強制収容所〟送りにはしたくない。とりあえずいまは、俺に任せてくれんか」

 斑鳩も富嶽も快諾した。もちろん上級理事である俺には逆らえないということもあるが、それ以上に、俺たちは強い信頼関係で結ばれている。

 

 俺が今回、樹雨會の査定者として訪問してきたことは、女将と央番頭の太刀花だけが知っている。平素は館にとって上得意客であり、女将の鍔葵にとっては元高時代の同級生でもある俺だが、今回は樹雨會の査定者だ。普段の親しげな関係性を査定に持ち込ませるほど、樹雨會は甘くはない。第一、鍔葵からすれば、俺が樹雨會の上級理事に就任していたこと自体、初耳だったはず。隠魂守としては相当な出世だから、あいつも珍しく顔に現れるぐらい驚いていたが……。

 とにもかくにも、鍔葵にとっては、今回の俺の訪問は、館の存続がかかった極めて重要で、緊張をともなうものだったはずだ。

 ……で、その辺りの彼女の認識を知っている俺は、ある計算のもと、相談を持ちかけた。

 「鍔葵ちゃん、いささか困ったことになってねぇ」

 いつものように親しげな口調ではあるが、これが樹雨會としての言葉であることを、彼女はすぐに察した。

 「今回連れて来たうちの重光って男が、ぜんぜん霊障が改善しないんだよ……。ついては、申し訳ないんだけど、個室露天を使わせてもらえないだろうか」  

 個室露天は皆既亭翠屋でも特別な施設で、よほどの事情がない限り、その使用を鍔葵は許可しない。当然そのことを俺も知っている。案の定、彼女はその申し出を渋ったが……。

 「このままだと俺も、立場上ね……わかってくれるよね、鍔葵ちゃん」

 女将が渋る本当の理由は、もし個室露天まで使っても霊障が改善しない場合を危惧してのことだ。いまの状況は、それが十分に考えられることなのだ。そうなると、もう逃げようがない。査定で「御役止メ」という最悪の結果になる可能性は、かなり高い。

 だが、ここで断れば査定への非協力という判断が下され、やはり「御役止メ」となる。結局は、申し出を受けるしかない——これが、俺の計算だった。

 「いやぁ、悪いねぇ鍔葵ちゃん。無理言っちゃって」

 思惑通り、鍔葵は、俺の申し出を受けた。

 その結果に満足して、思わず口笛なんか吹きながら竜胆の間に戻る道すがら、小柄と出くわした。

 「おやおや、小柄ちゃん、絶妙なタイミングで会ったねぇ」

 小柄は、無言のまま会釈だけを返した。この子がただ愛嬌があるだけの娘じゃないことを、俺は見抜いている。

 「鍔葵ちゃんとの話、聞いてたのかな?」

 小柄は、キッと厳しい視線を向けた。

 「そんな不躾なこと、しませんから」

 「あ、そう? いつもいいタイミングで会うからさ、つい勘繰っちゃった。ごめんごめん」

 「……じゃ、失礼します」

 「うん! いつもお疲れ様!」

 足早に去ろうとする小柄の背に、俺は言葉を投げた。

 「あ、後輩くん、柄嶌先輩によろしくね!」

 振り返らずに、小柄は立ち去った。その眉間には、深い険悪な皺が寄せられていたはずだ。


 

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