第弐章 長ヒ夏休ミ §【夏休み5日目】その1
*▶︎▶︎pers.ASATO
ヒナギさんって、サディストの気があるんじゃなかろうか。いや、ぜったいそうだ。間違いない。
午前中の家庭教師タイム、ホントに苛烈だった。午前9時から正午まで、休憩なしのぶっ通し。それも苦手な英語を一点集中。冗談抜きで吐きそうになった。吐いたら英単語とイディオムが口から出てきそうな感じだった。
まぁ、僕も悪かったんだけど。開始早々、このイカした黒革のホルスターを撫でてウットリ、護刀を取り外しまた装着して恍惚。まるで勉強に身が入らなかった。そりゃムッとするよな。ヒナギさんは、物静かに怒りを表すタイプで、少しも声を荒げることはない。ただ黙々と、淡々と、無理を強いてくる。100メートル全力疾走を命じられ、ゴールだと思った途端、そのまま続けてさらに100メートル走らされる。今度こそゴールだ休めると思ったところで、さらに100メートル……これを繰り返し強いてきて、そのうち倒れる。笑顔で水をぶっかけられて、また走らされる。今度倒れたら、ペナルティでトラック一周ね! とかニコニコしながら言う可憐なる鬼コーチ。それが、怒ったときのヒナギさんだ。
生徒はね、生かさず殺さずなのよ……とか冷たく言われても泣き笑いで受け入れてしまう、その魅惑的な黒い指導力。おかげさまで夏休みの英語の宿題、半分ぐらい終わってしまった。まだ吐きそうだけど。
ぐったりする僕を見て少しは怒りもおさまったのか、ヒナギさんは鼻歌を歌いながらお昼ご飯に取りかかっている。僕はやっと気兼ねなくホルスターの魅力に耽っている。やっぱりこの硬質な素材感がたまらないんだ。そうか、これ、銃を想起させるんだ。上質なモデルガンを身につけているような感覚。銃をチャッと取り出し、サッと収める。そんな感じで護刀を扱う。ああ、男心がくすぐられる……。
「調子に乗っていると、落として祟られるわよ」
おむすびと味噌汁を食卓に並べながら、ヒナギさんが言った。
「あ、手伝います」
「もうできちゃったから。さ、いただきましょう」
いまさら感をもてあましつつも、洒落た器に整然と並ぶおむすびたちに目を奪われる。海苔をベッタリとは巻かずに、シュッと立てるようにしてあるのが、粋だ。僕のお皿に三つ、ヒナギさんのお皿には二つ。手に取ると、なかなかの重量感。
手を合わせて、いただきますをし、かぶりつく。新鮮な海苔の香りが口腔内に広がる。
「美味しい! 美味しいです!」
ヒナギさんは、両手でおむすびを持って、小さく齧っている。
「玄米を精米して、三分づきにしてあるの。具も添加物は入っていないわ」
それは、僕の体が無条件で受け入れていることからもわかる。体質に配慮してくれているのがヒシヒシと伝わって、胸が熱くなる。
「ホントに……ありがたいです」
ヒナギさんは、ぜんぜん表情を変えず、ひたすら小さく齧り続けている。あ、あんまり謝意が伝わってないかも。っていうか、思い起こせばこういう叙情的な感覚って、この人、ポコって抜けてるかも。
「なに?」
二つ目のおむすびを両手で持ちながら、まっすぐに僕を見た。……にしても、食べるの速いな、この人。
「いえ……あの、今日はヒナギさんも若女将の仕事でしたよね」
「そうよ。お昼を済ませたら、着替えて帳場に行きます」
やった、またあの着物姿が見られる!
「頼光くんは、今日もアルバイトよね? 何時から?」
「昨日と同じ、13時半からです」
「そう。今日はね、あなたには仲居さんの仕事を手伝ってもらうかもしれないわ」
「僕みたいな初心者で、大丈夫なんですか?」
「大丈夫よ、簡単なお運びぐらいだし、ちゃんと説明させるから」
少し時間が押していたので、食器はひとまずシンクにそのままにして、僕たちはそれぞれ身支度のため部屋に向かった。
*
帳場で、僕はヒナギさんから、若い仲居さんを二人紹介された。
一人は小柄さん。ちっちゃくて機敏そうな感じで、目がよく動く子だ。満面に笑みをたたえ、見てると元気になってくる。
もう一人は佐柄さん。こっちは小柄さんより頭一つ分ぐらい大きくて、僕よりもちょっと低いぐらいかな。切長の目で仕事できそうって感じの子だ。小柄さんとは違い、ジィッとこっちを見て、ちょっと近寄りがたい感じ。
二人ともキュッとお団子に髪を結び、テキパキと動きそうな印象。僕よりちょっとだけ歳上って感じなのに、大したもんだなぁ。
ヒナギさんは、後を仲居さんたちに託すと、女将さんとの打ち合わせのため、隣の応接室に入った。
「今日は17時に6名様がお越しです。お客様のご要望で、皆さまご一緒に大広間でお食事になりますが、他にも20名ほどのお客様がいらっしゃいますから、頼光さんには、おさんどん、手伝ってもらいます」
小柄さんが、小気味のいい声と発音で言った。
「しばらくはこんな感じで忙しくなるわよ。板場と大広間を何往復もすることになるから、頼光、モタつかないようにしなさいよ」
佐柄さんが、襟首を手で整えながら、厳しい口調で言った。それを察してくれたのか、小柄さんが声をかけてくれた。
「聞いたわよ、それ、蜥蜴丸なんだってね?」
僕のホルスターを指差す。
「とっても貴重なものらしいよ。すごいねぇ頼光さん」
顔を近づけて、食い入るように見る。ちょっと照れくさいっていうか、くすぐったい感じが……。
佐柄さんの方をうかがうと、腕組みをしてそっぽを向いている。ロコツに眉間に皺を寄せ、見るからに不機嫌そうだ。この話題、変えた方がいいかも。
「あ、あの、まだかなり時間がありますけど、その間なにをすればいいですかね……」
「そんなの決まってるじゃない」
佐柄さんがキッと睨むように見て、鋭い声を出した。
「あらかじめ板場と大広間の場所を確認しておきなさいよ!」
「あのね、頼光さん……仲居の仕事は、言われる前に動く、気を利かせて動くっていうのが大事なの。覚えておいてね」
噛んで含めるように、小柄さんが説明してくれた。
「わかりました! ありがとうございます!」
「あ、でも大丈夫だよ、新人さんだもん。わからないことがあったら、なんでも聞いてね。それも大事なことだから……」
なんだか、お母さんって感じだな。実の母親にこんなに優しくされたことないから、ちょっと嬉しいな。
「板場は前に案内してもらったことがありますが、念のため再確認します。あの小柄さん、大広間というのは一箇所だけでしょうか?」
「ううん、本館に2箇所、別館に1箇所あるわ。今夜使うのは本館の弐番大広間よ」
「弐番ですね。じゃ、今から下見に行ってきていいでしょうか」
「はい。あの、慌てなくていいからね。ゆっくり行ってきてください」
ああ小柄さん、そのお心遣い、ジ〜ンと沁みます。
「頼光! ただボンヤリ見てくるだけとか、あり得ないからね」
「と、言いますと……」
「板場にも行くんなら、ついでに献立も確認しとくとか……ちょっと! なに私に説明させてんのよ!」
「はいっ! すみません! 献立も、その……いろいろと確認しときますっ!」
佐柄さんの蹴っ飛ばされそうな勢いに押され、僕は帳場を飛び出た。
まず板場からだな。初めてここに来たとき、一度ヒナギさんに案内してもらったことがあるけど、なにしろ広いから……。たしかこの廊下を直進して、次の角を曲がって……あれ? 『歓談室』? こんなとこ、通ったっけ?
ロビーと同じぐらいのスペースで、廊下と同じような黒光りする板張りの床。落ち着いた色調の一人掛けソファと丸テーブルが何セットも並べられ、中央にはグランドピアノまである。
「へぇ……」
吸い寄せられるように、ピアノの方に歩み寄る。
「美しいピアノだなぁ。もしかしてヒナギさん、これ弾いたりするのかな……」
「あいつ、一応弾けるけどね、それほど上手くはないよ」
驚いて振り返ると、男性が立っていた。
歳の頃は40代半ばぐらいだろうか。ロマンスグレーの短髪にサングラスを乗せ、黒のポロシャツに白い短パン、ポケットに片手を突っ込む姿は、ちょっと遊び人っぽくも見える。僕よりも頭一つ上背があり、服の上からも引き締まった筋肉が見て取れる。
「気が向いたときにね、女将……鍔葵のやつが弾くのさ。あいつは、そこそこ弾けるね」
二人をこんなふうに呼び捨てにしてるってことは……。
「あの、もしかして……」
「ん? ああ、親父。そして旦那」
「やっぱり、そうですか! あの、僕はヒナギさんの同級生で、頼光麻人といいます」
「そうかい、よろしくな、ヨリミツ少年!」
手を差し出され、握手する。分厚い手だけど、とても柔らかい。
「その格好、アルバイトで来てくれてるのかな?」
「はい。あの、訳あってこちらで1ヶ月間、お世話になります。よろしくお願いします」
「ハハハ、そんなに堅苦しくしないでくれたまえ。俺はあんまりここの経営には関わっていなくてね、鍔葵に任せてあるんだ。気楽に、気楽に」
笑顔がとても爽やかだ。陽キャの極みって感じ。それにこの人の振る舞い、いかにも育ちのよさそうな……。そりゃそうだよね、ヒナギさんのお父さんなら。
「あ、キミ、仕事中だったんだろう? すまんすまん、足を止めてしまったね」
「はい、では失礼します」
立ち去ろうとすると、背後から声をかけられた。
「ああ、ヨリミツ少年、ヒナギとは仲よくやってくれているかい?」
「はい、ありがたいことに……」
僕は、友達としてつき合わせてもらっていること、毎日家庭教師をしてもらっていることなんかを、手短かに伝えた。
「そうか。あいつが友達になるなんて珍しいな。ご存知の通り、わがままなヤツだけど、よろしくな」
「と、とんでもない! こちらこそです!」
思わず最敬礼してしまった。お父さんは、笑いながら「いいからいいから」といった感じで手を振った。
歩きながら、ホッと胸を撫で下ろした。いままでヒナギさんからも女将さんからも、一切お父さんの話が出てこなかったので、なにか聞いてはいけない事情でもあるのかと、ずっと気になっていたから。けど、とっても気さくでフレンドリーな、いいお父さんじゃないか。
実家では味わったことのない、温かい家族の雰囲気に、僕は安心したと同時に、羨ましさを感じていた。
——はず、だったのだが。
板場と大広間の下見を終えて帳場に戻ったところにヒナギさんがいたので、その話を伝えると、ヒナギさんの表情がみるみる曇っていった。
「まったく、ホントに……」
あれ、なんだかうつむいて拳を握り、プルプルと震えてる。
「あ、あの、ヒナギさん?」
ギリッ、ギリッって、これなんの音? ……ええっ、歯軋りの音? まずいまずい! ヒナギさん、唇噛み出した! 唇、切れちゃうって! え、僕が怒られてるの? 仕事中にお父さんと話しちゃったからか? にしても、怖い! 優雅な着物姿でこの怒り方は、かなり怖いっ!
「ほんとに……ほんっとに……あの人はっ!」
んん? 僕じゃないのか……って、ヒナギさん、猛ダッシュで飛び出した!
「ちょっ……待って!」
後を追うが、ヒナギさん、ハンパなく速い! 着物姿とは思えない!
さっきの『歓談室』の前で、ヒナギさんは足を滑らせながら急停止した。お父さんが奥のカウンターで肩肘をつき、手酌でワインを飲んでいた。
「お〜色っぽい和服美人が飛んで来たと思ったら、ヒナギか〜」
ワイングラスを掲げてにっこり笑ったのも束の間、その笑顔がみるみる切羽詰まった表情に変わる。ヒナギさんは、ずんずんと闊歩して近づくと、バンッ! とカウンターを叩いた。
「ほんっとに! あなたって人はっ!」
「ひっ、ヒナギさんっ……どうしたの、落ち着いて!」
「いつもいつもいつも……ああもうほんっとに腹立たしい!」
「まぁヒナギさん、ね、まずはほら、落ち着いて……」
「うるさいっ!」
「うわぁああっ、ごめんなさいっ!」
お父さんはクルッと椅子を回してヒナギさんに背を向け、もう気を取り直してワインに舌鼓を打っている。そのワインボトルとグラスをヒナギさんがサッと奪い取り、ダンッとカウンターに置く。
「ヒナギ……さん? 冷静にね……お父さんも……」
「誰がお父様なのよっ!」
「いやいや、ダメですよ親に向かってそんな……」
「聞いてるの! 高堂さんっ!」
「ね、ヒナギさん、気を鎮めてお父さんと…………え? コウドウ……さん?」
「悪いね、少年。あんな真っ直ぐに信じるとは思わなくってさぁ。アハハハ」
「アハハじゃないっ! 出入り禁止にするわよっ!」
「いや〜それはカンベンしてくれよぉ。ほら、初対面の挨拶がわりにさ、愉快なジョークをね……」
「え? え? お父さんじゃ……」
ヒナギさんは、めいっぱい空気を吸い込んで、吐き出した。それをもう一回くり返してから、少し乱れた襟元を整える。
「……お父様なんかじゃないわよ。似ても似つかないわ。かすりもしない別の人種よ。いいえ! 生物としての種が、カテゴリーが違うわ」
「おぅおぅ、これはまたずいぶんな言われようだなぁ」
こっそりワインボトルとグラスに手を伸ばしたところを、ピシャリとやられて引っ込める。
「そ、それじゃいったいこの方は……」
コウドウさんは、すっくと立ち上がってスマートに名刺を2枚差し出した。
「じゃ、あらためて……高堂海斗です。ここの常連ってとこかな」
「間もなく出禁予定です」
「ハハハ、手厳しいな。けどヒナギちゃん、ちょっと見ないうちにすっかり着物姿が板についてきたじゃないか。思わず見惚れちゃったぞ」
「そういう軽口……高堂さんはぜんぜん変わらないわね。もはや進化が止まった絶滅危惧種だわ」
「常連のお客様だったんですね、存じ上げなくて失礼しました……」
あらためて名刺を見ると、株式会社ドグマ・ソリューションズ代表取締役会長と書かれてあった。ドグマって……名刺の裏を見る。やっぱりそうだ! 見覚えのある歴史シミュレーションゲームのロゴ。見覚えどころか、一時期ハマったゲームだ。
「知ってます! このゲーム、僕もやってました。たしか海外でもすごい人気で、国際大会なんかも……」
「おっ、嬉しいねぇ。キミも大会に参加してくれた?」
「いや、僕はそういうの苦手でして……でも動画ではよく見てました」
「そっかぁ。もしかして神話編もやってくれたとか?」
「はい! ラストまで! 同時翻訳機能があるので、海外の対戦相手と盛り上がってましたよ。ドイツの人でしたが、もはやIZUMOがドイツ語になってるって言ってました!」
「ドイツだけじゃないぜ。アメリカ、カナダ、フランス、スペイン……来年には中国にも進出するよ」
「すごい! またやりたくなってきました。あのゲームって、なんていうか、心のモヤが晴れてスカッとするんですよ」
「なるほど……そうなんだね。じゃあ改訂版が出るから、プレゼントしようか?」
「ええっ! ホントですか?」
「お騒がせしてしまったお詫びにね。名刺のアドレスに連絡くれたら、ダウンロード情報とか送るよ。ぜひ楽しんでくれたまえ」
「ありがとうございます! あ、すみません、お客様に馴れ馴れしく……」
「ああ、気にしないで。お客っていっても身内みたいなものだから」
「そうなんですか?」
「コホン!」
ヒナギさんが咳払いした。
「女将の高校時代の同級生なの」
「そうそう。鍔葵ちゃんも旦那も、あと同じようにここの常連の榊良とかね、みんな同級生っていうか悪友さ!」
「悪友はあなただけでしょう」
「あれ? さっきサカキラっておっしゃいました? 出雲でサカキラって言ったら……」
「あ、榊良コンツェルンの社長ね。あいつもここによく来るはずだけど、まだ会ったことない?」
「いやいやいや、そんな恐れ多い……」
「そっか、ま、そのうちフラッと来るんじゃないの? あ、でも妹婿の高見沢は来てるんだろ、ヒナギちゃん?」
「お嬢様がいらしてます」
「ユイカちゃん? そうだったんだね、てっきり薙ちゃんが来てるのかと思ったよ」
「薙子おばさまは、高見沢のおじさまと来月から海外赴任で、準備に奔走してらっしゃいます」
「そうなの? 榊良からは、ぜんぜん聞いてなかったなぁ」
「あなたはスチャラカ役員だったからでしょう」
「スチャラカって、なかなかの死語だねぇ。まぁでも、否定はしません」
「あれ? でも高堂さん、ドグマの会長さん……ですよね」
「おいおい少年、名刺、もう一枚わたしてあるだろ?」
そうだ、2枚目の名刺……え? 榊良ホールディングス合同会社の相談役?
「5年前までね、役員やってたんだよ。もう辞めちゃって相談役だけど」
「元CSPOよ」
「し、シーエス……」
「CSPO。最高特処責任者よ」
「ああ、CEO……みたいなやつですか?」
「特処……特別処理ってこと。まぁ早い話が、会社組織内のケガレを処理する人よ。この人、これでも隠魂守なの」
「そう! これでも、そうなんです。ハハハ」
「榊良コンツェルンみたいな超巨大企業にも、そんな役職があるなんて……」
「いやいや、いまどきの企業はそんなもんだよ。会社組織なんてケガレの坩堝さ。表立ってはいないけどね」
「隠魂守って、人知れず影のように暗躍する……みたいなふうに思ってました」
「そういう伝統的な感じの人もいるわよ。神社の神官さんやお寺の住職さんとかね。でも、高堂さんみたいに企業に入り込んでいる人も増えてるの」
「まぁ俺の話はいいよ。そんなことよりもヨリミツ少年、ヒナギちゃんと同級生ってことは、元出雲高校だろ?」
「はい」
「じゃ、後輩じゃん! 俺たちも元高!」
もう一度、握手。
「しっかり高校生活を楽しみたまえ。厳しい学校だけど、あそこで友達になったヤツは卒業後もつるむことが多いから。ヒナギちゃんのこと、末長く頼むね」
「もうっ! 余計なことばっかり……」
「ハハハ! 親父だなんてダマしちゃったけど、娘みたいなもんだからさ……あ、俺の片想いかな?」
早く着きすぎちゃったけど、もういい時間なんでチェックインしてくるよ、と言って高堂さんはフラフラ歩いて行った。
「ほんとに……悪戯小僧みたいなんだから」
ヤレヤレといったふうに、ため息を吐くヒナギさん。もう怒ってはいないようだ。
「なんか……すごかったですね」
この流れで本当のお父さんのことを聞いてみようかな、と思案していると、ヒナギさんがポツリと言った。
「あんなでもね、榊良コンツェルンのCSPOのときは辣腕を振るったみたいよ。ああ見えて徹底的な合理主義者でもあるから、いろいろとキヨメのツールなんかも開発してたみたい。たしかそのためにMITへの留学経験もあったはずよ」
「えええっ! そうなんですか? ひょっとして例のゲームも……」
「さぁ、それは直接聞いたことはないけど……まぁ、あの人ならやりかねないかな。大学院もいくつか行っていたし。とにかく破天荒なのよ……」
「破天荒っていうか……自由人っていうか……。でもそっか、一度社会に出てから大学とか大学院に進むっていう手もあるのか……気がつかなかったな。そのあたり、詳しく聞いてみたいなぁ」
「あまり参考にならないかも。あの人の場合、大学院っていっても美術系だから」
「び、美術系? そりゃまた意外な……」
「たしか藝大だったと思うわ」
「ゲイダイ? 藝大の大学院?」
「あ、でも絵とか実技試験のない学科だったはずよ。あの人、幼稚園児レベルの絵しか描けないから」
「……ちょっと混乱してきた……とりあえず、規格外の人だってことはわかりましたけど……」
「頼光くん、ダメだからね、ゲームは」
「はい?」
「あなた、やり始めたらハマりそうだもの、歴史ゲーム」
「あ、それ。大丈夫です。いまは留年回避が至上命題ですっ!」
よろしい、という感じでヒナギさんは大きくうなずいた。危ない危ない。さっきのような剣幕で怒られたら、たまったものじゃない……。
高堂さんから言われた「末長く」という言葉が、甘くも苦くも感じられた。




