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41.小鳥

 屋敷の軽作業場には、昼下がりの光が斜めに差し込んでいた。

 

 壁際には工具箱、木材、布きれ、藁束、針金。戦場なら補修資材として扱われるものばかりだが、今日の用途はもっと牧歌的だった。

 

「〜♪」

 

 リネア・ミニットマンは鼻歌まじりに藁束を縛っていた。机の上には、人型に組まれた木枠がいくつも並んでいる。

 

 そこへ、ボニータ・ジュピターが顔を出した。

 

「ん? リネア。何してるっぺ?」

 

「お、相変わらずのネイティブ農村訛りね、ボニータ。見ての通りよ。案山子作り」

 

「あー。標的だべか」

 

「そういうこと。うちの連中、喫煙所感覚で射撃場使うからね。いくらあっても、すぐハチの巣にされて壊れるのよ」

 

 リネアは慣れた手つきで藁を詰めながら、机の隅に積まれた布袋を顎で示した。

 

「昨日作った分も、ヴァルチャー隊とイーグル隊が半日で穴だらけにしたし」

 

「補給隊の仕事かぁ? これの補充。使う実戦部隊の連中にやらせればいいべ」

 

「暇なんだよ。言わせんな恥ずかしい」

 

「……なるほど。メインは暇つぶしと」

 

「この前の花見みたいなイベントでもない限り、今の補給隊の仕事って備品管理くらいだしね。しかも使った分は勝手に補充されるから、帳簿つける意味も薄いし」

 

 リネアは肩をすくめる。

 

「隊長に色仕掛けでもかけようかと思ったけど、先客がいるみたいだしね。ケイティが部屋に入るの見た」

 

「昼間からお盛んな事だべ」

 

「隊長、縋られると断れないたちだし。そもそも根がスケベだし」

 

 リネアが当然のように言うと、ボニータは呆れ半分、納得半分といった顔で隣に座った。

 

「ボニータもやる?」

 

「……うちもやるべか」

 

「標的案山子作りの経験は?」

 

「こちとら元は農民だべ。王都っ子よりも手早くできらぁ」

 

「即戦力助かるよ」

 

 そのまま二人は並んで作業を始めた。

 

 部屋の片隅では、ステラ・ピースキーパーとヴェロニカ・タイタンが、ほとんど互いにくっつきながら案山子を作っている。

 

「ヴェロ♡ 藁取って」

 

「はいはい、ステラ♡」

 

「ヴェロ、手先器用だね♡」

 

「ステラこそ、結び方きれい♡」

 

 甘ったるい空気が、藁くずよりも先に部屋中へ舞っていた。

 

 リネアは半眼になる。

 

「お熱い事で」

 

「この小隊、恋する乙女多すぎだべ」

 

「脳内ピンク小隊員どもめ」

 

「お前が言うなだべ」

 

「それはそう」

 

 リネアはあっさり認め、藁をぎゅっと押し込んだ。

 

「……ボニータはどう? エヴァンゼリンさん、振り向いてくれそう?」

 

「……」

 

「あー、うん。皆まで言うな」

 

 ボニータはしばらく手元の藁を見つめてから、ぽつりと呟いた。

 

「女しか無理って程でも無いし、うちも脳死隊長推し勢になる手も有り……?」

 

「いや、まぁ、お前が良いなら止めはしないけど。あの人、女癖極悪ってレベルじゃないぞ? まともな恋人欲しいなら、かなり事故物件だが」

 

「でも、隊長可愛いよね。気持ちは分かる。白くてちいさくて、シマエナガみたい」

 

 横からステラが口を挟む。

 

 ヴェロニカも頷いた。

 

「正直、私らみたいなガチレズ勢視点でも、女と見ればいけない事はないよな」

 

「お前ら、お互いの恋人の目の前でなんつー話してるんだよ」

 

 リネアが突っ込むと、ステラはけろりと答えた。

 

「男と女はまた別って事で。それにクリスティーナ隊長も言ってるだろ。大隊は家族。お互い愛し合いましょう!って」

 

「そうだよ。ステラのやつ元ウッドペッカーだ。そりゃ貞操観念ガバくなるわ」

 

「元所属への風評被害!」

 

「事実寄りの風評でしょ」

 

 軽口を交わしながらも、手は止まらない。

 

 木枠に藁を巻きつけ、布を被せ、針金で固定する。顔にあたる部分には、後で隊員たちが好き勝手に落書きするのが恒例になっていた。

 

 ステラは炭筆を手に取り、案山子の顔へ大きく文字を書き込む。

 

「反政府軍民兵、と」

 

「趣味が悪い」

 

「標的だから分かりやすくしないと」

 

 ヴェロニカが苦笑した。

 

 ステラは書き終えた案山子を眺めながら、ふと首を傾げる。

 

「前々から気になってたんだが、案山子って本当に効果あるのか? こんなので田畑守れるのかね?」

 

 それを聞いたボニータは、少しだけ得意げに鼻を鳴らした。

 

「一応、効果はあるべ。ただ、警戒するのは初めだけだな。しばらくすると鳥は学習しちまって、動かない案山子だって見抜く」

 

「つまり、設置しただけで勝てる罠じゃなくて、定期的に配置転換が必要なデコイってわけか」

 

「案山子を戦術用語で説明するとそうなるべ」

 

「鳥って頭いいんだ」

 

 リネアが感心したように言う。

 

「あいつらは油断出来ないべ。特にカラスなんか、人の顔も覚えるし、仲間にも伝えるって言われてる」

 

「へえ。鳥は頭が良くて油断出来ない……まさにうちみたいだね」

 

 ボニータが手を止める。

 

「その心は?」

 

 リネアは、ステラが作った「反政府軍民兵」と書かれた案山子を指で小突いた。

 

「うちらを舐めた敵ほど、隊長に食い荒らされた。悪魔の小鳥。敵さん、良い二つ名つけてくれたじゃない」

 

 部屋が一瞬だけ静かになった。

 

 悪魔の小鳥。

 

 それは反政府軍が第666特別大隊を呼んだ蔑称だった。鳥の名を冠した少女兵たち。小柄で、細く、外見だけなら年相応の娘たち。だが戦場では、待ち伏せ、狙撃、追撃、補給線破壊を躊躇なく行う。

 

 小鳥だと思って近づいた者ほど、骨まで啄まれる。

 

 ボニータは少しだけ目を伏せた。

 

「……まあ、うちら農民からすりゃ、鳥害は洒落にならんからな。畑を食い荒らす鳥は、可愛いだけじゃ済まんべ」

 

「でしょ?」

 

 リネアは笑った。

 

「可愛い小鳥で何が悪い。油断した方が悪いのよ」

 

「その発想、だいぶ隊長に汚染されてるべ」

 

「褒め言葉として受け取っておく」

 

 その時、ヴェロニカが完成した案山子を両手で掲げた。

 

「よし! 民兵案山子第2号、完成!」

 

「顔が妙にムカつく!」

 

 滑稽な顔をステラが指差して、笑いながら言った。

 

「撃ちやすいように描いた!」

 

「才能の使い方」

 

 ボニータも自分の案山子を立てる。農民出身らしく、形はかなりしっかりしていた。

 

「おお、上手い」

 

 リネアが素直に感心する。

 

「だから言ったべ。こちとら本職経験者だ」

 

「じゃあボニータ作の案山子は、ヴァルチャー隊向けの高級標的にしよう。耐久性高そうだし」

 

「一日持つかねぇ」

 

「無理でしょ。ジュリアあたりが目をつけたら、十秒で頭が吹き飛ぶ」

 

「案山子にも人権を」

 

「標的に人権はない」

 

 ステラがきっぱり言う。

 

 四人は顔を見合わせ、それから笑った。

 

 敵はいない。畑もない。鳥も虫もいない。

 

 それでも彼女たちは案山子を作る。射撃場の標的として。暇つぶしとして。戦場の名残を、少しだけ間の抜けた日常へ変えるために。

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