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40.後世

 屋敷の一室。


 ガレージの隣のその部屋は、今ではすっかりコーモラント第一小隊の溜まり場兼作業場になっていた。


 長机の上には紙が何枚も広げられている。屋敷の図面だ。


 地下倉庫の配置。厨房から大広間までの動線。浴場、図書室、縁側、屋根裏へ続く階段。アリス・アリゲーターが定規を片手に線を引き、エレナ・ハインドが壁の厚みを記録し、フローラ・ウィスキーコブラが色鉛筆で避難経路を塗り、マルタ・ロングボウが窓の位置を確認していた。


 戦争は終わった。


 少なくとも、ここには敵はいない。


 だというのに、四人は今日も当たり前のように有事の際の屋敷の防衛プランを考えていた。


「この廊下、幅があるからバリケード組みやすいね」


 アリスが鉛筆の尻で図面を叩いた。


「浴場から裏手に抜けるルートもある。水場が近いから長期籠城にも向いてる」


「籠城って……」


 フローラが苦笑した。


「さっきから謎の防衛作戦考えてるけど、そもそもこの屋敷、外から誰も攻めてこないんだけど」


「攻めてこなくても、想定は必要だよ」


 アリスは真顔だった。


「備えあれば憂いなしってね! 箱庭だろうと、スカイの住まいに死角があるのは許されない」


「相変わらずだな」


 エレナが淡々と呟く。


「でも実際、この屋敷は妙に守りやすい。入り口が限られているし、二階からの射線も取りやすい。正面から来たらヴァルチャー隊がお出迎え。裏庭クランクや隘路も多いから場所によってはダラの時みたく十字砲火も出来る。工兵に言わせれば……作った奴、相当性格が悪いな。これ」


「ネクロディア様だしね。性格良い訳が無い」


 フローラが明るく言った。


「仮にも神に対して遠慮がないな、お前」


 エレナはそう言いつつ否定しなかった。


 マルタは窓際に立ち、外を見ていた。西側。視線の先には森が続いている。だが、どれだけ歩いても外へは出られない。境界である鳥居を越えれば、必ず屋敷の前に戻る。


 ネクロディアが永久禁固刑と揶揄するだけはある。


「ねえ」


 マルタがぽつりと言った。


「私たちってさ」


 三人が顔を上げる。


 マルタは窓から目を離さないまま続けた。


「本当に、『主人公側』だったのかな」


 室内が少しだけ静かになった。アリスの鉛筆が紙の上で止まる。


「どういう意味さ?」


「そのままの意味。私たちは自分たちの目線だと、生きるために戦って、スカイを守って、仲間を守って、なんの因果かここまで来た。でもさ」


 マルタは苦く笑う。


「外から見たら、私たちってだいぶ悪役部隊じゃない?」


 フローラが一瞬、笑いかけて、失敗した。


「悪役って……」


「ヘリオガバルスと揶揄される王族の美少年指揮官。邪神融合体。少女兵大隊。個人崇拝。鳥籠の軍旗。追撃戦で敵部隊を消す。ほら、全部並べたら完全に敵幹部側でしょ」


 マルタの声は軽かった。けれど、その軽さはどこか乾いていた。


 エレナが腕を組む。


「まあ、否定は難しいな」


「エレナぁ、そこは否定してよ」


 フローラが抗議する。


「実際、敵から見れば我々は少女の皮被った悪魔だろう。本当にそう呼ばれていたしな」


 悪魔の小鳥ども。


 反政府軍の兵士たちが、666大隊をそう呼んでいた。鳥の名を冠した部隊。小柄な少女兵たち。けれど戦場では、指揮官を撃ち抜き、退路に地雷を仕掛け、敗走した敵をどこまでも追い立てる。


 可憐な小鳥などではない。死を運ぶ鳥。


 敵からすれば、その方がよほど近かったのだろう。


 アリスは軍服の666大隊の部隊章の「鳥籠の中の小鳥」の刺繡を見ながら、ぽつりと言った。


「私ら自決したけどさ……絶対あの後、プロパガンダ盛られまくってるよね……」


 その言葉は、妙に現実味があった。


 王都は落ちた。彼女たちは死んだ。少なくとも外の世界から見れば、そうなっているはずだった。


 死者は反論できない。


 だから、いくらでも語られる。ネクロディアの件がバレるのも資料が押収されたなら時間の問題だろう。


 第九王子スカイ・キャリアベース。王政末期の狂王子。邪神を宿した美貌の少年。少女兵を洗脳し、私兵として操った怪物。反政府軍の若者たちを追撃戦で虐殺した王政最後の悪夢。現代に蘇った狂気と退廃の少年王、ヘリオガバルス。


 その側近たる第666特別大隊。


 悪魔の小鳥ども。


 死の鳥。


 狂王子のハーレム部隊。


 ありそうで、嫌になる。


「だろうな」


 エレナが静かに言った。


「ただでさえヘリオガバルスだの悪魔の小鳥どもだのなんて二つ名がついていたくらいだ。王都陥落後、反政府軍が同志を20000人以上殺した我々をきれいに語る理由も義理もない」


「スカイ様のことも?」


 フローラが聞いた。


 エレナの返事は早かった。


「……殿下は反政府軍にとって都合が悪すぎる。連中に言わせれば、王族は腐敗して無能でなければならない。なのに殿下は前線に立ち、我々を率いて、実際に勝ってしまった。無能に負けたとなれば、逆にそんなに損害を出した言い訳が出来なくなる。なら化け物として語るしかない」


「化け物……」


 フローラが唇を噛む。


「悔しいなぁ」


 声は小さかった。


「スカイ様は、私たちを捨てなかったのに。ちゃんと見てくれたのに。私たち、ただ操られてたわけじゃないのに」


「でも、そう見えるだろうね」


 アリスが言った。


 フローラが振り向く。


「アリスまで?」


「だって、外から見たら怖いよ。殿下のためなら死ねるって顔した女の子たちが百人以上いて、実際に死んでるんだよ? しかも私ら含めスカイと関係の深い子も多い」


「今何股中だっけ?」


 嫉妬を込めた呆れ顔でマルタが言う。


「25股。多分まだまだ増える」


 アリスは苦笑しつつ続ける。


「語録をまとめてる子もいる。家族化とか言ってる派閥まである」


「うっ」


「それを見て「健全な軍隊ですね!」って言う人は多分いないよ」


 アリスは苦笑した。


「私でも、敵側資料だけ読んだら年少兵を洗脳した狂った部隊って判断すると思う」


「違うのに……」


 フローラの声は震えた。


 すると、マルタが窓から離れた。


「確かに違う。でも、全部が嘘でもない」


 その一言で、また部屋が静かになる。


 マルタは椅子に腰を下ろし、図面の端を指でなぞった。


「私たちはスカイに救われた。これは本当。スカイがいなかったら死んでた子もたくさんいる。私もそう」


 誰も否定しない。


「でも、私たちはスカイに従って敵を殺した。たくさん。……たくさん。私は狙撃兵時代は100人以上殺したが、中には、私たちと同じくらいの年の子もいたよ。少年兵ってさ、撃ちやすいんだよ。訓練もろくにされず、ほとんど棒立ちだから。狙撃兵からすりゃいい的。……でもスコアと引き換えに色々大事なものを失った気もする。ケイティなんかは戦果が少ないのをコンプレックスに感じてるらしいが、私に言わせればまだ「戻れる側」だ」


 フローラが目を伏せる。


「私もスカイを悪く言われたくない。それは分かる。でも、私たちが積んできたものを全部「仕方なかった」で白く塗るのも違うと思う」


「マルタ……」


「それだけの業は重ねてきたのは事実だ。……ま、これも敵をついばみ続けた小鳥の証さ」


 マルタは皮肉っぽく、だが楽しそうに笑った。その笑顔は穏やかだったが、フローラには心の傷を誤魔化す様にも見えた。


 エレナが深く息を吐く。


「まるっきりの無罪って事でもない、か」


 フローラは顔を上げた。


「……でも、私が見たスカイ様は、あの人たちが言うようなだけの怪物じゃない。もし外の世界がそう言うなら、私はここでずっと覚えてる。スカイ様が私たちをちゃんと名前で呼んでくれたこと。生きて帰れって言ってくれたこと」


 その言葉に、アリスは少し目を細めた。


「そうだね。……スカイはさ、ちょっと味が複雑すぎるんだ。外の連中は馬鹿舌だからその繊細さが分からないの! だからヘリオガバルスなんてあだ名つけちゃう」


 彼女は再び鉛筆を持つ。


「せめて私たちは覚えてようか。外の連中がどれだけ私達やスカイの事をボロクソ言おうとも」


 図面の端に、小さく文字を書き込む。


 新666大隊基地――帰る場所。小鳥達の巣。


「悪役部隊が主人公やってるだけでもさ」


 アリスは笑った。


「私たちにとっては、ここが家なんだし。どうせ逃げられないし」


 エレナがうなずく。


「その通りだ」


 フローラも、小さく笑った。


「悪役でも、推しは推しだしね」


「台無しだな、お前」


 エレナが呆れたように言う。


 マルタは肩をすくめた。


「まあ、後世でどう盛られるかは分からないけど」


 彼女は窓の外、鳥居の向こうに続く偽りの森を見た。


「少なくとも、私たちは知ってる。スカイが怪物だったことも。優しかったことも。私たちが救われたことも。私たちが誰かを殺したことも」


 それだけは、ここに残る。


 外の世界に届かなくても。


 百年後の歴史家が何を書いても。


 誰かが退廃的な狂人王子と呼んでも。


 悪魔の小鳥どもと呼んでも。


 外の世界が何と呼ぶかは、もう分からない。


 けれどここでは、彼女たちはまだ、ただのコーモラント第一小隊だった。


 少し壊れて、少し意地っ張りで、少し重すぎる忠誠を抱えた、四人の少女たちだった。

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