34.浸食
屋敷の一角。普段は会議室として使っている大部屋。
今日はそこに、複数の隊員が集まっていた。入口には「使用中。プライベート会議につき関係者以外立ち入り禁止」の張り紙が貼ってある。
部屋の最奥、議長席に座っているのはウッドペッカー隊中隊長、クリスティーナ・ファルコその人である。
「皆、集まったみたいね」
彼女は一同を見渡した。直属の部下であるイザベル・リベレーターとロレッタ・ドラゴンレディを始め、一番弟子のレジー・ジェットマスター。さらに、各小隊から集まった二十名余り。
皆、そうそうたる面々だ。
シェリー・アードヴァーク
オードリー・フェロン
イヴリン・フォックスハウンド
ルーシー・フォックスバット
ラトーヤ・フィッシュベッド
メーガン・アヴェンジャー
ナイア・ヴァルキリー
ティタ・フライングラム
マーゴット・サイレントイーグル
ヘザー・スピットファイア
ジェイド・ホーク
ローズ・ヴィジランティ
マリッサ・ロングボウ
オパール・ヴードゥー
ベアトリス・フロッグフット
グウェンドリン・タイフーン
ユナ・キングフィッシャー
シンディ・シュヴァルべ
セイディー・V・ザラマンダー
アレクシス・コメート
以上、総勢二十四名。広めの会議室だが、これだけの人数が揃うと、もはや会議というより講義じみている。実際、長机とパイプ椅子がきっちり並べられていた。
その顔ぶれは、各隊の骨格を担う者ばかりだ。
クリスティーナは満足げにうなずくと、静かに宣言した。
「では、第1回666大隊家族化計画会議、in箱庭を始めましょうか」
一同拍手。
拍手の熱量に、後方の席に座る「25人目」のアレクサンドラはわずかに眉をひそめた。
アレクサンドラ・サンダーボルト。侯爵家の庶子にして、元は王家から派遣された監視役。が、今は転向しスカイに忠誠を誓う部下の一人であり、恋人の一人であり、年長者として大隊の空気をある程度俯瞰できる立場でもある。
そして本日は、スカイから直々に命じられていた。
『クリスティーナ派の会議に潜ってこい。危なそうなら報告しろ』
危なそうなら、という曖昧な言い方が、彼もこの大隊最大の派閥をどう扱うかを決めかねていると言っていた。
クリスティーナが口を開く。
「今日から我々の思想に共感した新たな姉妹が加わりました。紹介します。……アレクサンドラさん」
「ど、どうも……」
後方の席から立ち上がると、一同は本気の歓声と拍手で迎えた。
「おお、アレクまで我々の理想に理解を示したぞ」
ジェイドが感嘆し、
「大隊の完全なる家族化にまた一歩近づきましたね!」
ローズが目を輝かせる。
アレクサンドラは軽く会釈した。
「今日は皆さんのお考えを聞かせていただきたく、参加させていただきました。何卒よろしく」
再び拍手。
アレクサンドラは座り直しながら、内心でため息をつく。
思ったより歓迎ムードが強い。もっとこう、秘密結社じみた陰気な場を想像していたのだが、実態は妙に明るい。文化祭の実行委員会にでも紛れ込んだような空気すらある。クリスティーナ自身の性格によるものだろうか。
だが、だからといって油断はできない。
クリスティーナ派。
大隊を「一つの家族」と定義づけ、その延長線上で「スカイと大隊の全員を恋仲にさせ、結婚させる」というやり方で共同体の再編を構想する、ハーレム至上主義なる危険思想を隊員に広める集団。
言葉にすると馬鹿馬鹿しいが、各中隊から総勢二十四名もの隊員がここに揃っている時点で、笑い話で済ませるには大きすぎる。
「では、新人もいる事ですし、改めて我々の目的の確認から」
クリスティーナはホワイトボードに、「ハーレム至上主義」とブラックバニア語でデカデカと書き込む。
「我々の目的は一つ。大隊を、隊長のもとで本当の意味で一つの家族にすることです」
クリスティーナの声は穏やかだった。だがその眼差しは真剣で、冗談の色はなかった。
「ここにいる皆は知っての通り、もう普通の社会には戻れない。罪も、記憶も、傷も消えない。ならば外の倫理にしがみつくのではなく、この箱庭で生きていくための形を作るべきです」
アレクサンドラは腕を組んだ。
言っていること自体は、理解できる。いや、理解できてしまうのが嫌だった。
「その中心にいるのが隊長です」
クリスティーナが続ける。
「隊長を巡って嫉妬し、牽制し、足を引っ張り合う形では、この共同体はいずれ壊れます。だから必要なのは奪い合いではなく共有。競争ではなく秩序。個人の恋ではなく、家族としての結びつきです」
「そのための家族化計画、というわけですね」
オパールさらりと補足する。
「要するに、感情を放置せず、否定もせず、制度として整えようという話です」
マリッサが議事録に何かを書き込みながら言った。
アレクサンドラは少しだけ目を細めた。
そこだ。そこが厄介なのだ。
感情に任せた妄言なら切り捨てられる。だがこいつらは違う。嫉妬も独占欲も依存も、存在するものとして前提に置いた上で、それをどう管理するかを話している。
危険だ。危険だが、同時に、妙に合理的でもある。
「ご意見はありますか、アレクサンドラさん?」
不意に意見を求められ、アレクサンドラは顔を上げた。
「え……ああ。そうですね」
一瞬だけ言葉を選ぶ。
「私はまだ、皆さんの考えを全面的に支持するわけではありません。ただ……」
一同が静かに耳を傾ける。
「ただ、放置された嫉妬や不満や孤独が共同体を不安定化させる、という認識には同意します。箱庭では外へ逃がす場所がありませんから」
それだけのつもりだった。
しかしクリスティーナは、ぱっと顔を輝かせた。
「やっぱりアレクサンドラさんは分かってくれると思ってた!」
一同拍手。
アレクサンドラはわずかにこめかみを押さえた。違う、全面降伏ではない。ただ限定的に危険性を認めただけだ。だが、その一歩が彼女らには十分だったらしい。
「さらに言えば」
気づけば、自分でも続けていた。
「……無秩序な競争状態より、一定の合意と役割分担があった方が摩擦は減るでしょう」
「ほら!」
ベアトリスが机を叩く。
「やっぱり制度設計が大事なんですよ!」
「アレク、めちゃくちゃ話が早いな」
ジェイドが感心したように笑う。
アレクサンドラは、そこで初めて嫌な汗を感じた。
自分は何を言っているのだ。
本来なら「そんな制度そのものが危険です」と釘を刺す役回りのはずだった。なのに今、自分は危険思想の否定ではなく、運営上の改善点を提示してしまった。
クリスティーナが真剣な顔でうなずく。
「そうなんです。私たちがやりたいのは、ただの欲望の暴走じゃない。皆が少しでも幸せでいられる形を作りたいんです」
その言葉に、アレクサンドラは返事ができなかった。
暴走ではない。少なくとも、本人たちは本気でそう思っている。
そして箱庭の現実を見る限り、その理屈を一笑に付すこともできない。
外の社会なら「ハーレム至上主義」なんて思想、狂気だ。だが、ここは外ではない。
死ねず、出られず、過去も消えないこの檻の中で、皆が多かれ少なかれ、スカイに重力を持って引かれているのは、もはや事実そのものだった。
そもそも彼に重い感情を持っていない人間はそもそもこんな所までついてこない。
ならば。
ならば、その重力を否定するより、秩序だった形に整えた方がまだましなのではないか。
その考えが脳裏をよぎった瞬間、アレクサンドラは自分がどこまで来てしまったのか理解した。
これは説得ではない。洗脳でもない。
ただ、この環境において一番「現実的な答え」が、彼女たちの側に見え始めてしまったのだ。
「……次回までに」
アレクサンドラは、驚くほど自然に口を開いていた。
「階層化ではなく、役割分担の形で整理した案を考えてみます。露骨な序列は反発を招くでしょうから」
一瞬、部屋が静まり返る。
次の瞬間、爆発したような拍手が起きた。
「アレクサンドラさん、最高!」
「やっぱり頭いい!」
「これはでかい前進だぞ!」
アレクサンドラは固まった。
やってしまった。完全にやってしまった。
これでは監視役ではない。制度設計担当だ。
議長席のクリスティーナが、満面の笑みで言う。
「ありがとう、アレクサンドラさん。やっぱり貴女も家族です」
その瞬間、アレクサンドラは悟った。
報告書を書くなら、今日の結論はこうだろう。
クリスティーナ派。危険。
ただし危険であると同時に、箱庭環境下では非常に合理的。
放置すれば拡大する。かといって、抑圧しても地下化する。
そして何より厄介なのは、冷静な人間ほど条件付きで理解してしまうこと。
……この派閥、やはり危険だ。
そう結論づけた矢先だった。
「では、実務面の次の議題に移ります。具体的に私達が家族になる方法ですが……隊長には『色々と』頑張ってもらわないとね!」
頬を染めながら意味深に笑みを浮かべるクリスティーナ。それに応じる幹部クラスのレジー、イザベル、ロレッタ。
「大丈夫だよ。隊長女癖悪いし……目の前でパンツをチラ見せすればすぐその気になるって」
「実際に隊長とデキてるアレクサンドラさんの前で言うのははばかられるけど……現状8股だし」
「よし、我々がすべきは殿下を煽り、もといサポートし箱庭にいる全員を抱いてもらう事です!!」
クリスティーナは目を輝かせて宣言する。
「具体的な道筋が見えましたね! つまり、我々が今後目指す先は隊長の150股です! 隊長は沢山女の子を抱けて嬉しい。私達は家族が出来て嬉しい。winwinですね!! その為にも、この思想を大隊中に広めなければならない!!」
「「「「「おー!!!!」」」」」」
24つの声が重なる。
……この派閥、思っていた以上に、手遅れだ。




