29.愛銃
乾いた風が吹き抜けていた。
春先の柔らかな朝の日差しの中で、スカイは縁側に胡坐をかき、膝の上に置いた短い銃を分解している。
金属部品を布で拭きながら、鼻歌が漏れた。
「〜♫」
レベッカも隣で同じように愛銃を手入れしている。
「スカイ、ほんとそれ好きだよね~」
スカイは顔も上げず、銃身を光にかざした。
「ん?」
「宣伝写真撮る時とか、ここ一番の作戦の時とか。だいたいそれ担いでるじゃん、そのクリンコフ。結局箱庭でもいつも手元に置いてるのはそれだし」
スカイは肩をすくめる。
「軽いし取り回しが良いからな。小柄な俺でも振り回しやすい。AKベースだから整備も楽だし」
そう言って、ガスピストンを丁寧に拭き上げる。この愛銃のAKS-74Uを使用する事は、恐らく今後はそう多くないだろうが……癖みたいなものだ。
レベッカはくすっと笑った。
「でもシャーロットさん、その銃見るたびに苦悶の顔してるよ?」
スカイが片眉を上げる。
「また何か言ってたのか」
「『補給隊長としては、1人だけ違う規格の銃弾使ってるのは面白くない』って」
スカイは鼻で笑った。
「良いじゃねぇか。弾薬無限だし。専用武器って感じで。それに」
組み上げたボルトをカチャリと差し込む。
「ストーリーは大事だよ? 俺専用。いわば象徴さ」
レベッカが呆れた顔をする。
「出たよ、スカイのストーリー論」
「世間じゃビンラディン御用達ってイメージが強いが……俺御用達として少しは印象上書きされたんじゃねぇか? 一連の報道写真で」
最後にマガジンを抜き差しし、作動を確認する。
金属音がかすかに響いた。
スカイは満足そうに頷く。
「よし、整備完了!」
レベッカがその銃を指差した。
「でもさ、そのクリンコフ。元々ダラで鹵獲したやつでしょ? よく使えるね」
スカイは少し考えるように首を傾げた。
「……そういやそうだったな。よく覚えてるな」
レベッカは即座に返す。
「追撃戦でスカイのカラシニコフが弾切れしてさ……手近にいた腰抜かした敵兵を銃剣で刺殺して、その銃ぶんどって、そのまま追撃続けてたじゃん」
俺が苦笑する。
「よく覚えてるな……」
レベッカは胸を張った。
「私の方がよく覚えてるじゃん!」
俺はしばらく銃を眺めていた。
黒い金属の塊。
短い銃身。
折り畳み式のストック。
「……なんとなく思い出した」
ぽつりと言う。
「これ持ってた奴、俺達と同い年くらいの女の子だったな」
レベッカが一瞬だけ黙る。
俺は続けた。
「おそらく学徒兵だろう」
視線は銃から離れない。
「皮肉なもんだ。宣伝写真に何度も写った俺の専用装備が、元々は反政府軍の支給品ってのは」
レベッカは腕を組んだまま、じっとスカイを見る。
スカイの脳裏に、あの時の光景がぼんやり蘇る。
煙。
悲鳴。
崩れた隊列。
逃げ惑う兵士たち。
その中に、ひとり立ち尽くしている少女がいた。
手には短い銃。
だが構えもしない。制服は反政府軍の年少兵用のもの。
ただ呆然と、こちらを見ていた。
銃はその時、空だった。
距離は数歩。
躊躇する理由も時間もない。
銃剣を突き出す。
柔らかい感触。
少女は声も出さず、崩れ落ちた。開いた口から見えたピンク色の口内が印象に残っている。
心臓を一突きしたせいか、そのまま彼女は崩れ落ち、手から銃が転がる。
「goodnight!カワイ子ちゃん」
皮肉が聞こえているかどうかは定かでは無かったが、俺は硬直が始まる前に足で踏んづけて銃剣を抜くと、新しいライフルを拾い上げ、軽く振ってみた。
「いい銃じゃねぇか」
そのままボルトを引き、次の敵へ向かって走った。
***
縁側の静かな風に戻る。
俺は銃を膝の上で軽く叩いた。
「恐怖に歪んではいたが、割と可愛い子だったな」
レベッカが即座に突っ込む。
「殺した相手に対する感想がそれなのどうなのよ?」
俺は肩をすくめた。
「事実だから仕方ない」
レベッカは呆れ顔のまま、しかし小さく笑った。
「元の持ち主の怨念でもついてそうだね、そのクリンコフ」
「呪いが届いてたなら、もっと惨めに死んでたさ。つまり、大した怨念じゃない」
口ではそう言いつつ、少し不安になりAKS-74Uを見つめた。 一応、戦闘後に一通りのクリーニングはして血は落としたが……。
いつも通り、朝日の光が、短い銃身を鈍く照らしていた。
設定資料
レイチェル・ペイルライダー 享年15
スカイくんのクリンコフの元の持ち主。貧民街出身であったが利発で、共和主義者の商人の養女になる。そこで養父の思想の影響で「悪い王侯貴族をやっつける」という正義感から志願。
が、よりによってブラッディ・ダラが初陣で、はじめの機銃掃射からは逃れたが、半ば精神崩壊して呆然としていた所をスカイくんにあえなく刺殺され、彼女の革命戦争は数時間で幕を閉じた。
なお、支給されたばかりの彼女のクリンコフは一度も引き金を引かれることなく、皮肉にも貧民街生まれの王子であるスカイくんにぶんどられた。




