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30.怨念

 春の朝の風はまだ少し冷たい。


 縁側には、整備を終えたばかりの愛銃を脇に置いた俺と、その隣に腰を下ろしたレベッカの姿があった。


 さっきまで真面目に銃を磨いていたが、整備が終わるや否や、俺はすぐに幼馴染の肩へぐいぐいと寄っていく。そのままナチュラルにボディタッチ。


 手で彼女の太ももを撫で回す。スベスベで心地が良い。


「レベッカ〜♡ レベッカ〜♡」


「もー、朝から元気過ぎでしょ」


 呆れたように言いながらも、レベッカは完全に突き放しはしない。


 肩を寄せられればそのまま受け入れ、頬を指でつつかれれば「ちょ、やめなよ」と笑いながら返す。


 我慢出来ずにそのまま押し倒した。


「ちょっ!? 今からおっぱじめるの!? しかもここ縁側?!」


「良いじゃないか。見せつけてやれば」


「あー、もうこの鬼! 悪魔! ゴブリン! 性欲魔人!」


 口ではそう言いつつ、本気で抵抗しない。それどころか、彼女の顔は明らかに興奮しつつあった。


 ***


 その少し離れた場所。庭に面した石段のあたりで、グース第2小隊の三人がその光景を眺めていた。


 ライザ・ホルニッセが腕を組みながら頬を染める。


「どうもお邪魔だったみたいだな……」


 アンドレア・ウーフーも肩をすくめた。


「朝っぱらから盛りあってるんじゃないよ……。仲良しなのは結構だけど、見せつけられる側の身にもなって欲しいわね」


 だが、その横でキャンディス・レイダーだけは、妙にじっと縁側の方を見つめていた。


 その視線はスカイでもレベッカでもなく、縁側に立てかけられた一挺の短い銃へ向いている。


 ライザが眉をひそめる。


「……ん? どうした、キャンディス」


 キャンディスは小さく呟いた。


「あのクリンコフから、悪いものを感じる」


 一瞬、空気が静まった。


 アンドレアが半ば冗談めかして返す。


「……アレ、曰く付きの武器だからね。殿下には悪いけど、私もよくあんなの平気で使えるなとは思うわよ」


「何? 元の持ち主の怨念?」


 ライザが軽い調子で聞くと、キャンディスはこくりと頷いた。


「そう。大分怒ってるみたい」


「おお、怖い怖い……」


 ライザはわざらしく肩をすくめてみせたが、キャンディスの表情は真面目なままだった。


「……ただ」


「ただ?」


 アンドレアが首を傾げる。


 キャンディスはしばらく黙ってから、ぽつりと言った。


「霊力、低すぎるから大したこと出来てない」


 一拍。


「……可哀想」


 ライザが素でそう漏らした。


 キャンディスは縁側の方を見ながら続ける。


「今もあの二人に爆発しろ! って念を送り続けてる。けど、全然効いてないみたい」


「あまり効果は無いようだ、どころか効果が無いパターン?」


 アンドレアが思わず同情の声を上げた。


 その間にも、縁側ではスカイがレベッカのスカートの中に顔を突っ込んでいる。


「レベッカ〜、今日のパンツもかわいい〜」


「はいはい、ありがと。この下着フェチ。だいたい昨日の夜はグレイシーの部屋いたんでしょ? 元気過ぎでしょ」


「レベッカは別腹。すーはーすーはー」


「ちょっ!? 嗅ぐな嗅ぐな! 犬かあんたは!」


「今更だろうが~」


 朝日を浴びながらいちゃつく二人。


 そこへ届くはずの怨念は、春の風にふわりと流される桜の花びらくらいの効力しか持っていないらしい。


 ライザが吹き出した。


「なんだよそれ。怨霊としてもだいぶ格が低いな」


「死んだ時に心が折れ切ってたんだと思う。……それに殿下、生命力強いから」


「生命力ってか……性欲?」


「まあ、割と真面目にそれもある。死んだ数日後にはセックス三昧してるとか、怨霊でも呆れる」


 アンドレアの揶揄に、キャンディスは淡々と言った。


「……あの子、怒ってはいる。でも芯のところが弱い。憎しみだけで立てるほど、元気な霊じゃない」


 アンドレアが少しだけ気まずそうに視線を逸らした。


「……それ、なんか報われない感じがすごいわね」


「うん」


 キャンディスは頷く。


「自決の時にクリンコフ使ってればいくらか溜飲下がってその時に成仏したかもだけど……あの時自分の拳銃使ってたから。……でも、しばらくして落ち着いて、ちゃんと話せば成仏すると思う」


「話し合いで解決できるのか……?」


 ライザが本気で感心したように言うと、キャンディスはいつもの調子で返した。


「50%の確率くらいで」


「半分かぁ……」


 アンドレアが苦笑する。


 キャンディスはそこで、少し遠くを見るような目になった。


「死んだ後も隊に執着して、ここまでついてきた五十人なんかよりははるかに話が分かるタイプ」


「……あいつらか」


 ライザが顔をしかめる。


 追加でくっついてきた戦死組。変人率が妙に高く、生き返った今も大概騒がしい連中だ。


 庭の端では、ティタとレジーが他の隊員を「大隊は家族。あなたも隊長を崇めましょう……」と、勧誘(?)をしているのが見えた。


「変人ばっかりだけど、霊的には割と厄介だった……?」


 アンドレアの問いに、キャンディスは静かに答えた。


「まあ、自分の事を守護霊だと思ってる地縛霊だったとは思う」


 さらりと恐ろしいことを言う。


「隊長への執着とか、大隊への未練とか、死んだ自覚の薄さとか。あのまま放っておいたら、割と面倒にはなってたかも」


 ライザが低く唸った。


「うわぁ……」


「今にして思うと」


 キャンディスは小さく息を吐く。


「箱庭って、彼女らにとっても救済措置なのかもね」


 誰もすぐには返事をしなかった。


 視線の先では、相変わらずスカイとレベッカがいちゃついている。……放っておいたらこのままおっぱじめ始めるだろう。


 彼を中心に、死者も生者も、未練も執着も、全部まとめてこの奇妙な箱庭に閉じ込められている。


 アンドレアがぽつりと呟く。


「……それ、救済って言っていいのかしら」


「さあ」


 キャンディスは少しだけ微笑んだ。


「でも、無間地獄よりはマシなんじゃない?」


 春の風がまた吹いた。


 その様子を見ながら、キャンディスは見えない誰かに向かって心の中でそっと語りかけた。


 もういいでしょ。


 怒る気持ちは分かるけど、罰として閉じ込められた私達と違って、貴女はいつまでもここにいる理由は無いでしょ?


 返事はなかった。


 ――ま、時間だけはある。根比べだ。


 キャンディスはそう思うと、「出歯亀は趣味悪い。退散しよ」と言って、二人と共に席を外した。

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