26.未練
丘の麓。
周辺の土地の探検をしようかという事になり、調査の合間、オウル第2小隊の三人は木陰で休んでいた。少し先には昨日お花見をした桜並木。
寝転がっていたブリジットが突然、鼻歌を歌い始める。
「こんな国に生まれなきゃ、もう少し良い人生歩めたはずだがもう遅い〜♪」
地形図を描いていたヴァイオレットが眉をひそめる。
「なんて歌を歌ってるのブリジット……」
ジャーネイルが苦笑する。
「あ、これ鬱モード入っちゃったやつだ……持病の情緒不安定」
ブリジットは空を見上げながら続ける。
「私さあ……戦前にアイドルにならないかってスカウトされてたんだよね。戦争で全部流れたけど……」
「はい始まりました。ブリジットのメンヘラモード」
ヴァイオレットは指を折りながら数える。
「これで二十六回目」
「数えてるんだ……」
ジャーネイルは感心したように言う。一方ブリジットは芝生に寝転がったまま空を見る。風に乗って丘の桜の花びらが何枚か飛んでくる。
「私、なんでこんな所いるのかな……」
ヴァイオレットは即答する。
「……集団自殺の時に、逃げずに引き金引いたからかな」
それを聞いたブリジットは少し後悔した様に目を逸らした。
「…………もう少しこう……オブラートに」
「事実でしょうが」
ヴァイオレットは肩をすくめる。
一拍。
それからヴァイオレットは少し考えて言った。
「でもまあ、考えようによっては」
ブリジットが片目だけ開ける。
「なに」
「ただの地下アイドルよりは恵まれてると思うよ。ブリジット」
「どういう理屈?」
ヴァイオレットは指を立てた。
「この部隊、上は私やスカイ含め王族五人。高位貴族令嬢も多数。下は貧乏貴族から庶民までフルコース」
ジャーネイルが笑う。
「確かに観客の身分は豪華だよね」
ヴァイオレットは頷く。
「日常的にそんな人たちの前で歌う機会ある歌うたいなんて、中々いないよ?」
「一応フォロー……なのか〜?」
ジャーネイルの苦笑を横目に、ブリジットは少し考えてから言った。
「でもさぁ、家族相手じゃあねぇ……」
「家族?」
ブリジットは肩をすくめた。
「クリスティーナがよく言ってるじゃん。大隊は家族」
そしてそのまま、ブリジットは空を見上げる。
「私もさ……サブカル王国、日本に生まれたかったよ」
ヴァイオレットが笑う。
「贅沢なやつめ」
「日本なら多分普通に売れてたかもね」
ジャーネイルの世辞に、ブリジットは目を輝かせた。
「でしょ? 今ごろ大ステージで何千何万人と動員してさ! 握手会とかやって……」
そこまで言って、ブリジットは急にトーンダウンした。
「握手……」
「今度はどしたん?」
「……いや、こんな血まみれの手でファンに握手なんか出来る訳無いじゃんって……。ダラの追撃戦で、敵の少年兵の頭を台尻でかち割った時の感触、まだ残ってるもん」
日常を送れど 日常を送れど なお、わが心の傷楽にならざり。ぢっと手を見る。
「やめなよ、わざわざ自分から辛い事思い出すの」
ヴァイオレットは、少し沈黙し、少しだけ優しく言う。
「……まあでも、ここでも歌えるじゃん」
「誰のために?」
「スカイ」
「あと150人くらい。どうせ他に行くあても無いし、逃げられないし」
「結局家族相手じゃねぇか。結論が変わってないし」
ヴァイオレットとジャーネイルの言葉に、ブリジットは少し口をとがらせつつ、また鼻歌を歌い始めた。
今度はさっきより少し明るい内容だった。
ヴァイオレットがぽつりと言う。
「ほら、やっぱり歌うんじゃん」
「……歌うよ。それしか取り柄ないし、ここで出来る事もそれくらいだし」
ジャーネイルは笑った。
「でも、その取り柄、殿下かなり気に入ってるよ」
「ほんと?」
「この前も言ってた。ブリジットの歌は士気が上がるって」
ブリジットは少し照れたように笑う。
「……ならまあ、悪くないか」




