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25.後日

 屋敷の縁側。


 昼下がりのやわらかな風が、庭の草をゆらゆらと揺らしていた。


 空は青い。鳥も虫は……いない。相変わらず、この箱庭には俺たち以外の生き物の気配がない。


 そんな妙に静かな景色を前に、俺は湯呑みに入ったインスタントココアを片手に、ふと口を開いた。


「今にして思うんだが……」


 隣で書類をめくっていたエリザベスが、ちらりとこちらを見た。


「何です?」


「さっき話に出た『十五少年漂流記』ってあるだろ」


 エリザベスは一瞬だけ目をぱちくりさせた。


「ええ。少年たちが無人島に流されて、自力で生活基盤を築き、生還する……」


「そうそう。昔は少年たちの知恵と勇気のサバイバルものとして読んでたんだが……」


 俺は空を見上げながら、ゆっくりと続けた。


「ハッピーエンドで終わったあと、あいつらちゃんと平穏な生活になじめたんだろうか?」


 沈黙。


 エリザベスはじっと俺の横顔を見たあと、ふう、と小さく息を吐いた。


「……そんな視点であの話を見るのは殿下くらいですよ」


「いや、でも気にならないか?」


 俺は身を乗り出した。


「無人島で役割分担して、狩りして、農作業して、時には喧嘩して、時には命の危険と隣り合わせで生き延びた連中だぞ? あれ、救助されて街に帰ったあと、同世代の普通のガキと同じ感覚で机に座って授業受けられるか?」


「まあ……言われてみれば、難しそうではありますね」


「だろ?」


 俺は頷いた。


「絶対いるぜ。帰ったあと、周囲の同世代見て「こいつら薪も割ったことない癖に偉そうだな……」って冷めた目で見てるやつ」


「薪割りを基準に同級生を評価する少年、だいぶ嫌ですね……」


「でも実際そうなるだろ。自分たちは火を起こして、水を確保して、仲間同士で揉めながらも生き残るために必死だったんだぞ? そこへ戻ってきた先が、ぬるい日常で、口だけ達者な同世代の集まりだったら、何も知らないクソガキがよ……くらい思うだろ」


 エリザベスは少し考え込むように視線を落とした。


「……ハッピーエンドの先、ですか」


「そう。物語って大抵、帰還しましたとか、救われました、で終わるだろ。でも本当に厄介なのって、その先なんじゃないかって思うんだよ」


 俺は庭の向こうに目をやった。


 そこでは、昼間からアリスとリサが何やら工具箱を広げて騒いでいる。多分、また変なものを発明しようとしているのだろう。


「見てみろよ、666の連中を」


 俺は苦笑した。


「たった一年だぞ? たった一年間戦争やっただけで、社会不適合者予備軍みたいなのがゴロゴロしてるじゃねえか」


「予備軍どころか、既に手遅れな人ばっかな気も……」


「否定できねぇな……」


遠くで銃声が響く。発砲音的にM21。多分ヴァルチャー隊の誰かが射的でもしてるのだろう。


 俺はこめかみを押さえた。


「高位貴族のお嬢様だったはずの連中が、今じゃ同世代の徴兵忌避した貴族令息どもを「人殺したこともないヘタレ」ってディスってるんだぞ? 冷静に考えると、だいぶ地獄だろ」


「かなり地獄ですね」


 エリザベスは即答した。


「そもそも、普通の人間は殺人経験の有無で相手を見下しません」


「だよなぁ……」


「ええ。ですが、彼女たちにとっては、それが現実を知っているか否かの基準になってしまっているのでしょう。戦場を経験した者と、そうでない者の断絶です」


 俺は小さく鼻を鳴らした。


「しかも厄介なのが、あいつら別に完全に狂ってるわけじゃないってとこなんだよな。飯食って、笑って、風呂入って、どうでもいい話で盛り上がることもできる。けど、その土台にある価値観が、普通の社会じゃもうズレてる」


「戻れない、ということですか」


「多分な」


 俺は少し間を置いてから言った。


「だから帰れたらハッピーエンドって、案外そうでもないのかもしれん。帰ったところで、馴染めない」


 強い風が吹いた。


「風に乗りて歩むもの……」


「なんですか、いきなり」


「いやさ、クトゥルフ神話にイタクァって邪神がいるんだが、こいつは気に入った人間を風に乗せて高空に連れ去ってしまう厄介な奴でな……」


「そんなフワン◯みたいな……」


「問題はここからだ……。こうして連れ去られた人間は帰ってこれてもすぐに死んでしまう。身体が高空に適応してしまったせいで、地上の生活に対応出来ないんだと……」


 庭の草が風でまた揺れた。


「空に適応した身体になったせいで地上で生きられない……666のメンツと同じと言いたいんですか? 奇しくもあなたの名前がまさに「空」ですし」


「上手いこと言ったつもりか…………まあ、そうかもな」


 エリザベスは静かにメモ帳を閉じた。


「……そう考えると、殿下」


「ん?」


「この箱庭は、閉じ込められた牢獄であると同時に、帰れなくなった者たちの受け皿でもあるのかもしれませんね」


 俺は少しだけ目を細める。


「嫌な言い方するな」


「事実でしょう?」


「まあ、な」


 俺は苦笑した。


「少なくとも、今のあいつらを元の社会に放り込んだら、多分三日で何か事件起こす」


「三日も持ちますかね?」


「いや、24時間以内かもな」


 その瞬間、遠くで爆音がした。


 ドォン!!


「……」


「……」


 俺とエリザベスは無言で音のした方を見る。


「またチヌーク姉妹でしょうか」


「あるいはヴィクトリアあたりだな……」


 俺は深くため息をついた。


「やっぱり社会復帰無理だろ」


 エリザベスは肩をすくめた。


「殿下も他人事みたいに言えませんけどね」


 俺は何も言い返せなかった。

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