第7話 暗闇の重なる音と、警備の穴
脱出計画の調査を始めて、五日目。
夕食後の静まり返った洗い場で四人が身を寄せ合うと、ダグさんが周囲に聞こえないような低い声で、新しい情報をもたらしてくれた。
「夜の炉圧だ」
石を伝う絶え間ない水音に紛れるように、ダグさんが切り出す。
「やっぱり、炉の圧力が不自然に落ちる時間帯がある」
「何時ですか?」
「消灯の鈴が鳴ってから、だいたい四十五分後だ」
「毎日ですか?」
「少なくとも三日続けて観察したが、まったく同じだった」
「どれくらいの時間、落ちるんですか」
「七分から、長くて九分というところだな」
四十五分後、七分から九分――。
僕はその数字をしっかりと記憶の底へ刻み込む。
「原因は何なんですか」
「たぶん、定期的な蒸気抜きだと思う」
ダグさんはさらに声を潜めた。
「それも三番炉だけじゃない。この鋳造所にあるすべての炉で、同時に圧が落ちてるんだ」
「全炉で……?」
「ああ」
「一体何のためにそんなことを……」
カザンさんが太い腕を組み、怪訝そうに眉をひそめた。
「夜間整備のためじゃねえのか?」
「だが、そんな整備記録はどこにも見当たらなかった」
「お前、記録まで見たのか?」
「ほんの一部だけだ」
「よく見れたな……」
「夜勤の記録係が居眠りをしていたからな」
「……ダグも意外と大胆なことするよな」
「レンよりは慎重に行動しているつもりだ」
「なんでそこで俺を比較基準にするんだよ!」
不満そうに声を張り上げかけるレンさんを手で制し、僕は話を本題へと戻した。
「それよりダグさん。炉の圧力が落ちると、具体的に何が変わるんですか」
「炉の音だ」
「音……?」
「圧が抜けることで、稼働音が劇的に静かになる。かなりな」
ダグさんのその言葉を聞いた瞬間、僕の中で何かが引っかかった。
「静かになる……」
「どうした、ユウ」
「……いえ」
頭の中で思考を巡らせる。
重厚な炉の音。衛兵の足音。巡回ルート。鈴のタイミング。見張りたちの交代周期。腰の鍵束。
今まで別々に集めてきたばらばらの情報が、まるでジグソーパズルのピースのように、どこかで密接に繋がっているような予感がした。
◇
その夜。僕は眠ることができなかった。
ううん、正確に言えば、わざと眠らなかったのだ。
冷たい寝台に身を横たえたまま、僕は神経を耳に集中させていた。
作業区画から漏れ聞こえる微かな音。遠くで轟く炉の地鳴り。配管を通り抜ける蒸気の気配。そして、通路を叩く靴音。
ゴウン。
ゴウン。
ゴウン。
鋳造所の心臓は、今夜も規則正しく脈打っている。
消灯の鈴が鳴ってから、三十分。
カツ、カツ、と二人分の衛兵の足音が通路を通り過ぎていく。
三十九分。今度は別方向から。
カツ、カツ、カツ、と足幅の狭い三人組が通過。
そして四十四分。前触れなく、炉の重低音が変化し始めた。
ゴウン。
……ゴウン。
……。
地鳴りのような音が急激に弱まり、静寂が広がっていく。ダグさんの言った通りだ。
四十五分ぴったりに、遠くでプシューッと激しく蒸気が抜ける高い音が響いた。
その直後だった。
靴音が二つ、北側の通路へ向かっていく。
一分後、さらに別の靴音が一つ、南側へ。
続いて、また別の通路から三人分の足音が重なるように響き渡った。
「……」
僕はそっと目を閉じ、耳から入ってくる音だけを数え上げた。
一つ。
二つ。
三つ。
いくつもの巡回ルートが、まるで示し合わせたかのように同時に交差していく。
そして――その直後、唐突に恐ろしいほどの「静けさ」が訪れた。
「……?」
違和感に耐えかねて目をひらく。
炉の稼働音は弱まり、衛兵の足音も、時間を告げる鈴も鳴らない。
僕の耳に届くものが、何もなくなってしまったのだ。
一分。
二分。
三分。
四分。
五分。
やがて、遠くの通路から再び足音が聞こえ始め、巡回が元の周期へと戻っていくのが分かった。
僕はハッと跳ね起き、暗闇の中で身体を起こした。
「……今の、何だ?」
たった一回限りの偶然だろうか?
翌日も同じように寝台で耳を澄ませた。まったく同じだった。
消灯から四十五分後、全炉の圧が落ち、複数の巡回ルートが一時的に重なり合う。そしてその直後の約五分間だけ、誰一人として通路を通らない完璧な空白時間が生まれるのだ。
さらに翌日も、まったく同じ結果だった。
僕は無意識のうちに、寝台の木枠を指先でトントンと叩いていた。
一。
二。
三。
何度も、何度も指を動かしながら、脳内で鋳造所の立体的な構造と警備の配置を組み上げていく。
人。通路。時間。交代のタイミング。
重なり合い、離れていく時間軸。
そして――そこにぽっかりと、致命的な『穴』が開く瞬間が存在した。
「……あ」
思わず、口から声が漏れ出ていた。
分かった。
この要塞のような地獄から、僕たちが抜け出すための道筋が。




