↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
18/20

第18話 もう一度


「……やってみます」


僕はいま一度自分の胸へ手を当て、深く静かに息を吸い込んだ。


カツ、カツ。


冷たい石段を叩く足音が近づいてくる。

一人……いや。


「二人です」

「分かるのか、ユウ」


カザンさんが低い囁き声で尋ねる。


「はい」


石段を下りてくる気配は二つ。先頭の人物は歩みが重く、その後ろに続く人物は少し速い足取りだ。


さっき倒した衛兵二人とどこか似ている。けれど、条件は同じじゃなかった。


僕たちがいるのは、狭く薄暗い地下通路。左右には重々しい鉄格子が立ち並び、後ろにはミリアをはじめとする囚人たちが閉じ込められている。

僕たちに逃げ場はない。


「どうする?」


レンさんが息を殺して囁いた。僕は通路の幅に視線を走らせる。


「ここで止めます」

「ここでか?」

「はい。向こうは二人ですが、この通路の狭さなら同時に襲いかかって来ることは不可能です」


ダグさんが壁と鉄格子の狭隘な間隔を見定めた。


「なるほど、一人ずつ引っ張り出して相手にするってわけか」

「たぶん……」

「たぶんかよ!」


レンさんが即座にツッコミを入れる。


「絶対とは言い切れませんから」

「お前、こういう土壇場の時だけ妙に正直だよな……」

「レン」


カザンさんが短く制した。


「来るぞ」


足音が迫る。カツ、カツ。もう石段のすぐそこまで来ている。

僕は息を吐き出した。


さっき衛兵を倒した時は、自分でも何が起きたのか分からなかった。ただ必死で、三人の表情を見て、足音を聞き、呼吸を合わせようとした。それだけだったのだ。


でも、今回は違う。


「カザンさん」

「ああ」

「最初の一人をお願いします」

「任せろ」

「ダグさんは、カザンさんの後ろを」

「了解だ」

「レンさんは――」

「俺は!?」


僕は少しだけ思案した。


「何もしないで待っていてください」

「なんでだよ!?」

「今は、です」

「今はって何だよ!?」

「声が大きいぞ」


ダグさんに肩をガシッと掴まれ、レンさんが縮こまる。


「……すみません」


けれど、レンさんにも確実に役割が必要だった。僕は素早く周囲へ視線を巡らせる。鉄格子の隙間。奪った鍵束。古い石壁。そして、足元。


「レンさん」

「な、なんだよ」

「鍵束を持って、右側に構えていてください」

「鍵? これをか?」

「はい」

「それ何に使うんだよ」

「……まだ分かりません」

「俺だけ雑じゃない!?」

「来るぞ!」


カザンさんの低い警戒声。

その瞬間、石段の上の闇から二つの影が躍り出た。


衛兵だ。

一人目がこちらに気づき、ハッと足を止める。


「お前ら……なんでここに――!?」


男が腰の剣へ手を伸ばす。その後ろから、もう一人の男が顔を出した。


「おい、いたぞ! 脱走兵だ!」


怒号が狭い地下通路に激しく反響する。まずい、大声を出された。上の区画に増援を呼ばれたらひとたまりもない。


「ユウ!」


カザンさんの叫び。


「はい!」


僕は深く息を吸い込んだ。

カザンさんを見る。肩の沈み込み、足の踏み出し、視線、呼吸。


次にダグさん。それからレンさん。

一見すると、三人の動きはバラバラに見えた。カザンさんは前へ踏み出し、ダグさんは半歩後ろで身構え、レンさんは右側で狼狽えている。


けれど――完璧に噛み合う「解」が、僕の脳裏に立体的に浮かび上がる。


「カザンさん、一歩前!」


言い切るより早く、カザンさんが動き出していた。僕の声が追いついていない。


一人目の衛兵が素早く剣を抜き、横薙ぎに振るう。カザンさんは鋭く身体を沈め、頭上を掠めていく刃を潜り抜けた。そのまま一直線に相手の懐へ飛び込み、強烈な肘打ちを腹部へ打ち込む。


「ぐっ……!」


衛兵の身体が前に折れ曲がる。けれど倒れない。後ろから二人目の大男が押しのけてくるからだ。


「ダグさん!」

「分かってる!」


ダグさんが前へ躍り出ると、一人目の衛兵の肩を力任せに突き押した。狭い通路で前後の衛兵が詰まり、激しく衝突する。


「邪魔だ、どけ!」


二人目の衛兵が前の男を怒鳴り散らす。その隙に、脳内のイメージが次の動きを弾き出した。


「右です!」


カザンさんが右へ滑り込むのとほぼ同時に、一人目の衛兵がヤケクソで剣を突き出してきた。刃は空を切る。


「今!」


ダグさんが隙だらけになった衛兵の腕を掴み、力任せに捻り上げた。手首から力が抜け、剣が床に落ちる。カラン――と甲高い音が響いた。


「レンさん!」

「何!?」

「それです!」


僕が床の剣を指差すと、レンさんは迷わずそれを蹴り飛ばした。剣は鉄格子の隙間を抜け、手が届かない牢の奥へと転がっていく。


「なるほど!」

「喜んでる場合じゃありません!」

「少しは褒めろよ!」


そこへ、二人目の衛兵が前の男を強引に押し退けて前に出てきた。


「どいてろ!」


力任せに進み出てくる男は、ダグさんよりも一回り体格が大きい。


「下がれ!」


カザンさんが叫ぶ。ダグさんが一歩身を引くが、大男の太い腕が振り下ろされ、狭い通路を大きく薙ぎ払った。回避できるスペースが少なすぎる。


「カザンさん!」

「見えてる!」


カザンさんは鉄格子ギリギリまで身体を寄せ、間一髪で拳をかわした。ドカンと重い音がして、大男の拳が石壁を叩く。その刹那、カザンさんの足が衛兵の膝裏へ滑り込んだ。


「っ……!?」


体勢を崩した大男だが、並外れたタフさで踏み止まる。倒れない。


「こいつ……!」


大男が強引に腕を伸ばし、カザンさんの服を掴もうとした。


(違う――!)


僕の頭の中で、激しい違和感が跳ね上がった。


カザンさんが身体をかわし、その後ろからダグさんが出ようとしている。けれど、今のタイミングでダグさんが出ると、かわしたカザンさんと衝突してしまう!


「待って!」


僕の制止に、二人の動きがほんの一瞬だけピタリと止まった。衛兵の太い腕が空を切る。


「何だ!?」

「ダグさん、左です!」

「左!?」

「はい!」


ダグさんが左へ跳び、同時にカザンさんが右へ開く。


衛兵の正面が、ぽっかりと無防備に空いた。


「レンさん!」

「今度は何だよ!?」

「鍵です!」

「鍵!?」


レンさんの手にある重厚な鍵束。


「投げてください!」

「誰に!?」

「ダグさんへ!」

「ええい、知らんぞ!?」


じゃらっと金属音を立てて鍵束が飛び、ダグさんがそれを空中で受け止めた。


「受け取ったが、どうすればいい!?」


僕にも理由は説明できなかった。けれど、見えたのだ。衛兵が次に踏み出す右足。前へと傾く重心。


「足元です!」


ダグさんは瞬時に僕の意図を理解した。受け取った鍵束を、床の上へ勢いよく滑らせる。


衛兵の出しかけた右足のすぐ前へ。


「なっ――」


鉄の塊を踏みつけた衛兵の足元が滑り、巨体が大きく傾いた。

そこへ、カザンさんの一歩。


電光石火の一撃が、無防備になった衛兵の首元を的確に穿つ。


衛兵の身体から一瞬で力が抜け、ドサリと崩れ落ちた。


「……」


静寂が戻る。

一人目の衛兵がまだ身じろぎしていたが、振り向いたときにはすでにダグさんが背後からがっちりと押さえ込んでいた。


「離せ、この……!」

「カザン!」

「ああ」


短い二人のやり取り。ダグさんが身体をずらした瞬間、カザンさんの掌底が男のアゴを突き上げる。二度目の打撃が必要になることはなかった。


ドサリ。


二人目の衛兵も完全に沈黙した。


「……」


誰も喋らなかった。

僕は息を荒げながら、頼もしい三人を見つめた。カザンさん、ダグさん、レンさん。

さっきよりも、はっきりと理解できた。


僕が三人を手足のように操ったんじゃない。僕が「右」と叫ぶより前に、カザンさんは右へ動いていた。僕がすべてを指示したわけじゃないのに、全員の動きが、恐ろしいほど完璧に噛み合っていたのだ。


「おい……」


レンさんが引きつった笑みを浮かべ、僕を見る。


「今の……やっぱりお前が何かやってんだろ?」

「……分かりません」

「またそれかよ!」

「本当に……自分でも分からないんです」


そう答えた、次の瞬間だった。


キィン――。


「っ……!?」


耳の奥で、甲高い音が鼓膜を刺した。細く、脳を削るような金属音。


「ユウ……?」


レンさんの呼ぶ声が、急に遠くへ離れていく。頭が重い。さっき衛兵を倒した時よりも、遥かに強い眩暈と吐き気が襲いかかってきた。


「……だい、じょうぶ、です」


強がって一歩踏み出そうとした途端、視界がぐにゃりと歪んだ。

床が斜めに傾く。違う、僕の足腰から力が抜けたのだ。


「ユウ!」


倒れる直前、強い力で腕を掴み上げられた。ダグさんが僕の身体をしっかりと支えてくれている。


「すみ、ません……」

「謝るな」

「でも、時間、が……」

「いいから座れ!」

「……はい」


僕は力なく壁際へと引きずられ、腰を下ろされた。冷たい石の感触が背中に伝わる。

耳の奥では、まだキィンという嫌な高音が鳴り止んでいなかった。


「やっぱり……ね」


透き通った声が聞こえた。ミリアだ。

僕たちが一斉に振り返ると、鉄格子の向こうでミリアがこちらをじっと見つめていた。さっきまでのどこか楽しそうな表情は消え去り、静かで、観察するような眼差しで僕たち四人を捉えている。


「何ですか……?」


僕が掠れた声で尋ねると、ミリアは少しの間を置いてから静かに告げた。


「今の一戦……あなたが三人を無理やり動かしていたわけじゃないのね」


僕は、何も答えることができなかった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。