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第10話 暗がりを開く鍵と、左頬の傷


「時間が増えたわけじゃない」


その夜、薄暗い洗い場に集まった僕たちに向かって、カザンさんが低い声で告げた。


「分かってます」

「次の検診まで、大人しく待つ気もねえ」

「はい」

「なら――」


カザンさんがじっと僕の目を見つめてくる。


「昨日の、あの扉だ」


僕は強く頷いた。


この一週間、僕たちは死力を尽くして調査を重ねてきた。

巡回ルート、鍵の種類、炉の稼働音、配管の圧力変化。そして、夜間に生まれるわずか五分間の警備の空白。

その奇跡のような隙間の先で、僕たちは図面に載っていない謎の巨大な鉄扉を見つけたのだ。


「まず大前提としてだが」


ダグさんが湿った木板へ太い指を伸ばし、水滴でサーッと小さな四角を描いた。


「あの扉が、本当に外への出口かどうかは分からない」

「でも、壁に残された古い搬送記号は全部あそこに繋がってますよ」


レンさんが食い下がるように言った。


「昔の搬出口だった可能性は極めて高いと思うけどな」

「『昔の』、だけどな」


カザンさんが腕を組み、冷ややかな事実を付け加える。


「今この瞬間も外に繋がっているなんて保証はどこにもねえ」

「途中で落盤して崩れているかもしれないしな」とダグさん。

「あるいは、土砂で完全に埋め立てられているかもしれません」と僕。

「ちょっとみんな、夢がないなあ!」


レンさんが心底呆れたように両手を広げた。


「脱走計画に無用な夢や希望を求めないでください」

「でもさ、もし本当に出口だったら最高だろ?」

「……それは、そうですけど」


だからこそ、確かめる価値があるのだ。


「となると、最大の懸念は鍵だ」


カザンさんが僕に向き直る。


「ユウ。お前、衛兵の腰にある鍵を覚えてるな?」

「はい」


僕は迷うことなく即答した。


「六本です。大振りのものが二本、細いものが三本、赤い紐が巻きつけられたものが一本」

「その中に、あの扉の鍵がありそうか?」

「そこまでは分かりません。ただ、あの錠前の大きさを考えるなら――大きな二本のどちらかである可能性が高いと思います」

「じゃあ、サクッと盗んじゃう?」


レンさんが軽い調子で提案してくる。


「どうやって盗むんですか?」

「衛兵が寝てるときに忍び込んでさ」

「レンさん、衛兵たちがどこで寝ているか知っていますか?」

「知らない」

「却下です」

「判定が早いよ!」

「なら、力ずくで奪うのはどうだ?」


カザンさんまで物々しいことを言い出す。


「もっと駄目です」

「最後まで話を聞けって!」

「最後まで聞いたって駄目です」


衛兵と直接戦うなんて、それこそ最終手段中の最終手段だ。万が一、一人を倒せたとしても、騒ぎになればその時点で僕たちの脱走計画は完全に失敗に終わる。


「鍵を使う『その瞬間』さえ見られればな」


カザンさんが悔しそうに呟く。


「誰が持っているかが特定できるんだが」

「なら」


僕は顔を上げた。


「あの扉を、直接見張りましょう」

「簡単に言うが、そう容易いことじゃねえぞ」

「分かってます」


廃棄区画は人通りが少ない。だからこそ、理由もなく何度も足を運べば却って目立ってしまうのだ。


「搬送作業をうまく利用するんだ」


ダグさんが静かに提案した。


「廃材や資材の搬送を口実にすれば、一日に一度か二度なら、疑われずに扉の近くまで行ける」

「……十分です」


まず、あの扉を使う人間を特定する。

そして、どの鍵で開けているかを確かめる。

すべての行動は、そこからだ。


◇


それから二日間、扉には何の変化も起こらなかった。

だが、三日目の昼下がり。


「ユウ」


三番炉で作業中、銀砂を炉へと投げ込んでいたカザンさんが、作業の手を止めずに僕を低く呼んだ。


「はい」


僕も手を休めず、炉の熱風に耐えながら答える。


「……来たぞ」

「扉ですか?」

「ああ」

「何人ですか?」

「三人だ」

「衛兵ですか?」

「二人は衛兵だ」

「あと一人は……?」

「ここからは見えん。分からん」


それだけだった。作業中のため、これ以上詳しい話は夜までお預けだ。


◇


その夜の洗い場。


「開いたぞ」


カザンさんが開口一番、そう切り出した。


「あの扉がですか?」

「ああ」

「鍵は見えましたか?」

「いや、距離があってそこまでは見えなかった」

「鍵を開けたのは誰ですか?」

「衛兵の一人だ」

「どんな特徴でしたか?」

「背が高くて、左頬に大きな傷があった」


その特徴を聞いた瞬間、僕の脳裏にひとつの像が鮮明に浮かび上がった。


「……六本の人です」

「お前、それだけで分かるのか?」

「たぶん。あの人は歩幅が広くて、足音も一番大きいですから。何度も観察しています」

「何を運んでたの?」


レンさんが食い入るように尋ねる。


「大きな木箱だ」

「どんな箱?」

「でかいやつだ」

「中身は?」

「知らん」

「何か音はしなかった?」

「しなかったな」

「匂いは――」

「レン」


ダグさんが静かに制した。


「はーい」


「……それで、扉の中はどうなっていましたか?」


僕たち三人が息を呑んでカザンさんを見つめる。


「一瞬だけ隙間から見えたが……」


カザンさんは一度言葉を区切り、重々しく言った。


「通路があった」

「通路……?」

「ああ」

「外に繋がっていそうでしたか?」

「さすがにそこまでは分からねえ」


けれど、行き止まりの壁ではなかったのだ。道は、その暗がりの奥へと確実に続いていた。

レンさんの顔がぱっと明るくなる。


「ほら、やっぱり当たりじゃん!」

「まだそうと決まったわけではありませんよ」

「でも、道があったんだろ?」

「鍵をどうにかして手に入れる必要があります」

「じゃあ、やっぱり盗む?」

「……最初に戻りましたね」


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