第54話:物故
数えるのに、三日かかった。二十七冊の帳面と、殉教者台帳の写しと、治癒名簿の十二枚と、候補者名簿の写し。
様式がすべて違う。日付の書き方も、名の書き方も、村の呼び方も違う。同じ人物が三通りの書かれ方をしている。
照合の作法は、商会の帳簿を割ったときと同じである。名で引かない。日付と、村と、金額で引く。名は、最後に付ける。
「カサンドラ様。これ、同じ人だと思います」
テッサが、二枚を並べた。
「台帳の十九番と、こっちの帳面の、七年前の三行目。村が同じで、入った日が、台帳の判の三日後です」
「名は」
「台帳は『アンヌ』。帳面は『あね』」
「あね」
「たぶん、名前を訊いても言わなかったんだと思います。……それで、村の人が呼んでた呼び方を書いたんです」
私は、その二枚を一つに綴じた。綴じながら、名を訊かれても答えなかった人のことを、少しだけ考えた。考えるのは、三日目の夜にしようと決めて、手を動かした。
三日目の夜に、数が出た。
私は番小屋の卓に、六十三枚の紙を並べた。一名につき、一枚である。名前と、認定の年と、回収の年と、その後。
東の壁から順に、並べた。
物故——四十一名。
四十一。
第一巡礼区の焼け跡で、灰から拾った綴じ金具と同じ数である。同じ数であることに、意味は無い。数字は、意味を持たないから数字なのだ。意味は無いのに、私はそこで一度、筆を止めた。
うち、二十二名は死亡の年月が帳面にある。埋葬の場所も書いてある。裏手の斜面である。私は昼のうちに見に行った。石が並んでいた。名前は彫っていない。番号だけだった。
残る十九名は、前の管理人の代である。帳面の書き方が粗く、日付だけが残っている。
所在不明——十四名。
この施設に入った記録はあるが、出た記録も、死んだ記録も無い。バルタザールに訊いた。彼は、三度言い淀んでから答えた。
「……移された方々でございます」
「どちらへ」
「聞いておりません。荷車が来て、乗せて、行きました」
「書面は」
「ございません」
七度目である。私はもう数えるのをやめた。やめずに、印だけ付けた。
在——八名。
いま、この囲いの中にいる人である。
私は八枚を、別の場所に置いた。置いてから、三つの数を書いた。
四十一。十四。八。合わせて、六十三。
合った。
合ったことが、こんなに嫌なのは初めてだった。
「監査官どの」
ルカ様が、卓の向こうにいた。
「合いましたか」
「合いました。一名の欠けもありません」
「……欠けが無いのは、良いことですか」
「記録としては、良いことです」
私は、その言葉を口にしてから、イレールの顔を思い出した。同じ言い方を、私は三日前に否定したはずである。
「――訂正します」
私は言い直した。
「良いことではありません。合ったということは、六十三名が、最初から最後まで、一つの帳簿の中で処理されたということです。誰も、この帳簿の外へ逃げられなかった」
私は、四十一の紙束を手に取った。
「テッサ。四十一名の、死んだ年を、年ごとに数えてください」
「はい」
四半刻で出た。
二十二年前から十年前までの十二年間で、十七名。十年前から昨年までの九年間で、二十四名。後半のほうが、多い。人数は減っているのに、死者は増えている。
私は、予算の紙の束を並べた。二十二年前、金貨四百二十枚。収容、十九名。一人あたり、二十二枚。十年前、金貨二百六十枚。収容、二十四名。一人あたり、十枚と少し。
昨年、金貨百十枚。収容、十名。一人あたり、十一枚。
十年前が、いちばん薄い。そして十年前から、死者が増えている。
「バルタザールどの」
「はい」
「十年前に、何がありましたか」
「……お預かりする方が、急に増えました。三年で、九名」
「予算は」
「据え置きでございました」
私は書いた。書いた行の上に、線を引いた。この四十一名は、殺されたのではない。
物故である。帳簿の側から見れば、資産の減損だ。管理費を削れば、そのぶん減る。減っても、誰の判も要らない。判を押さずに人を減らせる方法が、この世に一つだけある。それが予算である。
私は、その一行を判定書の草案に書いた。
――「本件における六十三名の減少は、指示によるものではない。予算によるものである」
ヴァレリーが、写しの手を止めた。
「監査官どの。……その一行は、判定になりますか」
「なりません」
「では、なぜ」
「なるように、直すからです」
私は予算の紙を並べ直した。
「予算を減らした者には、必ず判が要ります。金額を書き換えるには、決裁が要る。決裁には、押した者の名が残ります」
「……庶務印しか、押されておりません」
「庶務印は、部署の印です。部署の印を押すには、部署の中の誰かが起案します。起案の綴りは、大司教区にあるはずです」
彼女は、しばらく黙っていた。
「その綴りは、受納簿と同じ棚に置かれます」
「ご存じですか」
「規程で、そう定まっております。会計の決裁綴りと、受納簿は、同一の書庫です」
私は手帳を開いた。七つの符牒が、そこにある。欠番七箇所。金貨で、合わせて千四百枚あまり。この二十二年、南倉に下りた予算の総額を、私は三日かけて足していた。
――金貨、五千八百枚あまり。
欠番の額とは、合わない。合わないが、桁が近い。近い桁の数が二つ並んだときは、たいてい、片方がもう片方の一部である。
書いてから、私は筆を置いた。置いて、しばらく、六十三枚の紙を見ていた。このうち四十一枚には、もう何もしてやれない。十四枚は、探すしかない。八枚だけが、今夜、この囲いの中で息をしている。
「テッサ」
「はい」
「八名の名前を、声に出して読んでください」
テッサは、少し戸惑った。
「……読み上げ、ですか」
「ええ。記録の読み上げです。当局の作法です」
これは嘘である。当局の作法に、そんなものは無い。
テッサは、八枚を手に取った。一枚目を読んだ。二枚目を読んだ。声が、三枚目から少し震えた。四枚目のところで、番小屋の外に足音がした。
ギヨームだった。
入ってこなかった。戸口の手前で立ち止まって、そのまま動かなかった。
テッサが、私を見た。私は、うなずいた。
テッサは、五枚目を読んだ。六枚目を読んだ。七枚目を読んだ。
八枚目で、止まった。
「……カサンドラ様」
「はい」
「これ、名前が、ありません」
私は八枚目を受け取った。入所の日付。村の欄は空白。年齢、推定。名前の欄に、線が一本、引いてある。
バルタザールが、卓の向こうから覗き込んだ。
「その方は、お名前を、おっしゃいませんので」
「一度も」
「六年、一度も」
六年。
私は、その二文字を書いた。書いた指が、紙の上で止まった。戸口で、ギヨームが動いた。動いて、そのまま、戸枠に手をついた。
監査官の私的控え——本日の決算。計数、三日。六十三名。物故四十一、所在不明十四、在八。
死者は、十年前から増えております。人数は減り、予算はさらに減っております。……次話、八名の名を、最後まで読み上げます。




