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教会監査人は聖女を信じない 〜婚約破棄された検算令嬢、奇跡の「領収書」を拝見します〜  作者: 小鳥遊ミント


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第5話:監査封緘

 査問の場に、バルナバ司教は正装で現れた。

 指輪は三つとも外している。代わりに嵌めてきたのは、殊勝な顔だった。


「監査官どの。わたくしも、聖職者の端くれ。御光の御前で、包み隠さず申し上げますぞ」


 開き直る、と読んでいた。的中である。


「たしかに泉には手を入れ申した。だが、あれは『信仰の演出』というもの! 巡礼者は皆、救われた気持ちで帰ったのです。誰も損をしておらん! 寄進は御光への真心。それを受け取って何が悪い!」

「では、検分記録を読み上げます」


 私は立ち上がり、羊皮紙を開いた。この局の様式は古く、そして良くできている。感情の欄が、最初からないのだ。


「聖務監査局、検分記録。案件、フォンス村『泉の聖女』に関わる寄進の適正性。

 一、泉の湧出は暗渠と水門による人為であること。工事台帳、職人の証言、現物により立証。

 一、聖女を称した者は教区の被保護児童であり、対価なく演目を強制されていたこと。本人の証言、および身体の痣により立証。

 一、当該——ご本人の呼称に従えば『信仰の演出』——により集められた寄進、三月で金貨六百二十枚。うち四百枚が帳簿外で移転されていたこと。裏帳簿により立証」


 「演出」の二文字を読み上げるとき、少しだけ声が低くなった。記録には残らない。続ける。


「一、巡礼者に販売された聖水は、暗渠の沢水であること。『誰も損をしておらん』とのご主張ですが、銀貨二枚の聖水を三千本、損は合計銀貨六千枚と算定します」

「ぐ……」

「一、なお司教は児童テッサに対し、露見の際は『魔女の妄言』として単独の責を負わせる旨を予め言い含めていたこと。番人二名の証言により立証。——以上」


 言い逃れの領域は、事前にすべて塞いである。査問とは口論の場ではない。数え終わった数字を、置きに行く場だ。


「判定。寄進金六百二十枚、全額返還。聖水の売上、全額返還。バルナバ司教の司教職、停止。教区の会計は当面、王都の管理下に置く。……ならびに、被害児童五名の保護と、就学の費用を教区の資産から充当すること」


 最後の一項で、バルナバは初めて素の声を出した。


「じ、児童に、就学……? そんな前例は」

「前例はいま作りました。記録に残るので、次から前例です」


 査問の後、私は教区聖堂の扉に封をした。

 監査封緘。案件の決着を公に示す、この局の古い様式である。溶かした封蝋を扉の合わせ目に垂らし、天秤と羽根ペンの印を押す。


「カサンドラ様、その色……」


 テッサが背伸びして覗き込む。蝋の色は、赤。


「封蝋の色は、判定の重さです。白は『検分の結果、適正』。つまり潔白の証明。灰は『軽微な是正』。そして赤は——『重大な不正。返還と職務停止』」

「……赤より上は、あるんですか」

「規程上は、もう一色。ですが私も、押されたのを見たことはありません」


 黒。規程集の最後の頁に、説明のないまま載っている色。……あれが何の色なのか、ベネディクト局長は教えてくれなかった。まあいい。使う日が来なければ、それが一番である。


 村を発つ日、泉のほとりに村人が集まっていた。

 石を投げられることも勘定に入れていたのだが、老婆がひとり、進み出て私の手を握った。


「監査官さま。……泉が偽もんで、がっかりしたかね、わしらが」

「いいえ。統計上、がっかりした方は寄進の返還で相殺されます」

「ふ、ふふ。変わったお人だ。……あのな、わしらは、ちっとほっとしとるんよ。聖女さまが来てから、村の若いもんが働かんくなった。祈れば湧くならと、畑まで祈っとった。……これでまた、鍬を持てる」


 奇跡は、消えた。泉は元の細い湧きに戻り、村は元の畑仕事に戻る。帳尻は、これで合っている。


 帰りの馬車で、ルカ様が窓の外を見たまま言った。


「……見事でした。監査官どの」

「様式どおりです」

「バルナバ司教は、あなたを憎むでしょうね。奇跡を潰した女だと」

「構いません。憎まれるのも職掌のうちです」

「では——」


 聖人は、こちらを向いた。

 夕陽の逆光で、その完璧な微笑の中身だけが、影になって見えなかった。


「次は、私を監査してください」

「…………は?」

「白のルカ。治癒の聖人。認定から十年、治した者、記録にあるだけで三百人。——その奇跡が本物かどうか、教会は一度も『検算』していません」


 彼は自分の両掌を、まるで他人の持ち物のように見下ろした。


「私が偽物なら、三百人の感謝は詐欺の売上です。私が本物なら……それを確かめた人が、まだ誰もいない。どちらでも、帳簿は空白のままなんです。気持ちが悪いでしょう?」

「………………」

「あなたにしか頼めない。奇跡を憎まず、経費を憎む人にしか。——私が本物かどうか、私が一番知りたいのです」


 私は手帳を開いた。新しい頁の一行目に、こう書く。


 受理番号・本年度第二号。案件——『白のルカ』の真贋。

 ……原価の見えない奇跡の、検分が始まる。


監査官の私的控え——封緘、赤一件。就学費用、五名分(前例、新設)。

次の案件は、聖人の検算です。何を検めればいいのか、初日から途方に暮れています。


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