第4話:偽聖女は、二人目がいる
「反対だ」
と、ベネディクト局長は言った。フォンス村の宿の食堂。卓の上には回収したばかりの裏帳簿。卓の向こうには、借り物の外套にくるまったテッサが、湯気の立つ芋のスープを前に固まっている。
「うちには書記の給金すら遅配がある。子供を雇う予算はない」
「予算ではありません。投資です」
私は裏帳簿を開いた。
「この裏帳簿の在処を割ったのはこの子です。私が祭具室を検分すれば半日。この子は一言でした。人件費に換算して銀貨——」
「換算するな。……はぁ。まったく、お前さんという奴は」
局長は額を揉み、それからテッサに目をやった。
「嬢ちゃん。読み書きは」
「……できません。でも、覚えます」
「飯は」
「……少しで、平気です」
「たくさん食え。育たんと台帳棚の上の段に届かん。——採用」
テッサがスープを取り落としかけ、ルカ様が笑いながら受け止めた。この聖人、昨夜からテッサの扱いが妙に手馴れている。毛布のかけ方、パンを均等に割る手つき、寝る前に「明日の予定」を教えてやる習慣。……施療院の巡回で覚えるものではない。孤児院の年長者が、下の子にやる仕草だ。
なるほど。この方の経歴の欄も、いずれ検分が要る。
さて、と私は裏帳簿に戻った。
テッサの言う通り、これが「本物」だった。表の寄進台帳が信者向けの決算報告だとすれば、こちらは司教の私的な現実である。読み進めるうち、私は手を止めた。
「局長。この帳簿、フォンス村の分だけではありません」
支出の頁に、村の名が並んでいた。フォンス村、『泉の聖女』。北のグラン村、『癒しの聖女』。鉱山町セレの、『予言の聖女』。……合計五件。それぞれに、衣装代、舞台装置の工費、そして「支度金」。
「偽聖女は、テッサさん一人ではない。バルナバは同じ演目を、五つの村で同時に興行しています」
「……巡業一座だな、まるで」
「一座なら木戸銭ですが、これは寄進です。御光の名で集めて、課税もされない」
テッサが、おずおずと口を挟んだ。
「グラン村の『癒しの聖女』の子……ミア、っていいます。わたしと同じ孤児院から連れて来られました。膝の悪いおばあさんが立つ『奇跡』の係。……あの子、膝の治し方なんて知りません。立つおばあさんの方が、雇われてるんです」
「サクラの日当まで帳簿にある。几帳面な司教だ」
そして、頁の最後。私は指を止めた。
収入と支出の差額——金貨にしておよそ四百枚。その大半が、毎月末に一行で消えている。宛先は、こうだ。
『王都大司教区へ 献納』
「局長。この『献納』の性質を伺いたいのですが」
「……教区から大司教区への上納金だ。合法だよ。額の多寡を検める規定はない」
「では、こう申し上げます。バルナバ司教は偽の奇跡で寄進を集め、その四百枚の上がりを、王都へ納めていた。王都は——受け取っていた。額を検めもせず」
食堂が静かになった。
ベネディクト局長は、長いこと裏帳簿の一行を見ていた。それは老練な監査官の目ではなく、何かもっと古い、傷の疼きを確かめる目に見えた。
「……カサンドラ。ひとつ、覚えておきなさい」
「はい」
「監査には二種類ある。『どこまでも検められる監査』と、『ここまでと決められた監査』だ。この局が三十年潰されずにきたのは、後者を弁えてきたからだよ」
「では、この一行は」
「後者の側にある。……今はな」
今は。局長がその二文字を付け足したことを、私は記録した。
窓の外では、祭りを失った村が、それでも夕餉の煙を上げ始めていた。奇跡が消えても、泉は暗渠を閉じれば元の細い湧きに戻っただけで、涸れてはいない。ルカ様が村の子らに囲まれて、擦り剝いた膝を一つずつ「原価ゼロで」直している。
テッサが、私の袖をそっと引いた。
「あの。カサンドラ様。……明日の予定を、教えてください」
「明日はバルナバ司教の査問です。あなたは証言をひとつ。その後は——」
私は手帳を開いて、見せた。明日の欄には、こう書いてある。
『監査封緘。おそらく、赤』
監査官の私的控え——助手、一名採用(食費は成長投資として計上)。
偽聖女、残り四名。上納の一行、一件(保留……今は)。
明日、この案件に封をします。封蝋の色の意味は、次話にて。




