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教会監査人は聖女を信じない 〜婚約破棄された検算令嬢、奇跡の「領収書」を拝見します〜  作者: 小鳥遊ミント
第7章 生き神編

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第40話:生き神の原価

 広場は、夜明け前から埋まっていた。台が二つ。向かい合わせ。片方は一尺高く、片方は地面と同じ高さである。

 高いほうに白い衣の子供が座り、低いほうにルカ様が立った。立ったまま、である。座ると見えないので、と本人が言った。


 施術を受ける者は、双方三十名ずつ。札の番号順に呼ばれる。

 数えるのは、双方から二名ずつ。当局側はテッサと、村の司祭が一人。教区側は助祭と、宿の女将が出た。女将は帳場の人間で、数だけは正確に数える。私が指名した。


 定義は、五歩である。


 朝の鐘とともに、始まった。


 私は数えなかった。数えるのは他の四人の仕事である。私は台の裏に回り、そこにあるものを数えた。


 まず、蝋燭。

 生き神の台の周りに、燭台が十二本。芯が太い。芯が太い蝋燭は、火が大きく、そして早く減る。減った長さで、点していた時間が分かる。

 私は開示された発注簿と突き合わせた。特注、月に八十本。この谷の教会が、聖務で使う数の四倍である。


 次に、香油。

 台の四隅に、小皿が置かれていた。中身は乳白色の油で、甘い匂いがする。

 開示簿の記載は「聖香油、月に六壺」。だが匂いが違った。フォンス村で押収した興行用の香油と、同じ匂いである。あれは眠気を誘う。長く並んで待った者が、順番の来る頃には少し呆けている。


 最後に、札。

 配布の記録を頁で追った。三月分ある。番号と、受け取った者の村名。

 テッサの言ったとおり、飛びがあった。番号の若い札が、前日の夕方に六枚、まとめて出ている。受取欄の村名は、すべて同じ。谷でいちばん大きな地主の村だった。


 ――蝋燭で照らし、香油で待たせ、札で客を選ぶ。

 どれも、私が王都と近郊で三度ずつ見た手口である。


 昼の鐘が鳴った。


 ルカ様の側は、二十二人が五歩を歩いた。生き神の側は、四人だった。


 広場は、静かだった。

 泣く者も、拍手する者もいなかった。信徒は、たぶん、答えを前から知っていたのだと思う。知っていたものを人前で数えられると、人は黙る。


 私は台の裏から出て、記録を突き合わせた。四人の数え手の数字は、一つも食い違わなかった。問題は、その四人だった。


 生き神が手を当てた三十人のうち、四人が五歩を歩いた。私は四人の名と症状を書き取り、村を書き取り、それから、いつからその症状かを書き取った。


 三人は、説明が付いた。

 一人は前の晩から薬草の煎じ薬を飲んでいた。一人は三日前から痛みが引いていた。一人は、歩けたのではなく、歩けると思い込んだ。三日後にもう一度確かめる、と書いた。


 残る一人が、付かなかった。六十を過ぎた男だった。右の腕が、二年上がらなかったという。

 私は腕を検めた。関節は硬く、皮膚は使っていない側の色をしている。二年動かさなかった腕であることは、素人目にも分かる。


 その腕が、上がっていた。私は男に、薬を訊いた。飲んでいない。祈祷を訊いた。していない。前日の様子を訊いた。畑にいた。


「……監査官様。俺は、信じてなかったんです」


 男は、上がる腕を自分で見ていた。


「息子に連れてこられて、並んどっただけで。あの子に手ぇ当てられたときも、早く終わらんかなと思っとりました」


 思い込みで動く腕は、思い込んでいる者の腕である。この人は、思い込んでいなかった。


 私は帳面に書いた。一件、説明不能。


 ドナシアンは、広場の端の天幕にいた。数が出そろってからも、席を立たなかった。立たないことが、この人なりの誠実さなのだろうと思う。


「二十二と、四つですな」

「ええ」

「……負けました」

「較べの結果はそうです。判定はまだ出しておりません」

「同じことでしょう」

「違います。較べは信徒が数えました。判定は当局が数えます。数える者が違えば、数の意味も違います」


 ドナシアンは、水を一口飲んだ。


「監査官どの。あの子を、どうなさるおつもりか」

「まだ決めておりません」

「決めておらぬのに、較べさせたのですか」

「決めてから検めると、決めたとおりの結果しか出ません」


 彼は笑わなかった。


「……あの子は、六つのときに、うちへ来ました。両親が二人とも流行り病で。村は、口が減ったと喜んだ」

「教区が引き取られた」

「引き取りました。飯を食わせ、寝床を与え、字も少し教えました。……嘘ではありませんぞ」

「嘘だとは申しておりません」

「ならば、何が不足だとおっしゃる」


 私は帳面を開いた。


「幟は絹で、竿は削り出し。敷石は新しく、葡萄棚は六段。あの子の小屋は、板です」

「……」

「あなたが与えたものと、あの子が稼いだものの差額を、私は数えております。それが監査です」


 ドナシアンは、天幕の外を見た。人が、ゆっくり引いていくところだった。


 夕方、囲いの前で、私は子供を待った。白い衣の子供は、番人に付き添われて小屋へ戻るところだった。

 その途中で、足を止めた。列の残りに、まだ小さい子供が一人、母親に抱かれて座っていたからである。


 白い衣の子は、衣の合わせに手を入れて、何かを出した。干した果物だった。二切れ。


 抱かれている子に、一切れ。

 母親に、一切れ。


 番人が慌てて袖を引いた。子供は引かれるまま、小屋へ入っていった。


 私は、その一連を書き取った。書き取ってから、書き取ったものを読み返した。施術の記録でも、収支の記録でもない。判定には載らない。

 載らないが、私はそれを消さなかった。


 その夜、宿の卓に、五つの記録を並べた。蝋燭、月八十本。香油、興行用と同種。札、六枚の割り込み。治癒、四件。うち三件は説明が付く。

 一件、付かない。


「監査官どの」


 ルカ様が、向かいに座っていた。


「八割は、仕掛けです。それは私にも分かりました」

「ええ」

「では、あの一件は」

「分かりません」


 私は蝋燭の数を、もう一度書き直した。書き直しても数は変わらない。変わらないものを書き直すのは、私の悪い癖である。


「ルカ様。私は、この案件の判定文を書けます。興行は不実です。蝋燭と香油と札で、判は打てます」

「はい」

「打てますが、打っても、あの一件は残ります」


 テッサが、卓の端で写しを止めていた。


「……カサンドラ様。じゃあ、あの子は」


 この子は、そこで言葉を探した。探して、見つからず、いちばん短いものを選んだ。


「あの子は、本物ですか」


 私は答えなかった。

 答えるべき言葉を持っていなかったからである。持っていないものを、この子に渡すわけにはいかない。

監査官の私的控え——本日の決算。較べ、二十二対四。蝋燭、月八十本。香油、興行用と同種。札、割り込み六枚。

治癒四件のうち、三件は説明が付きました。一件、付きません。……次話、小屋の中を検めます。帳簿ではなく、暮らしのほうを。

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