第36話:南街道、封緘
判定は、関の上で行った。石積みの関に、縄が一本。番人が二人。徴収官ジョスラン。教区からは代理の助祭が一人。
巡礼の列は、朝から止めてある。止めたのは私ではなく、噂だった。監査官が来ていると聞いて、坂の下で人が待っている。
私は帳面を開いた。
「受理番号、本年度第六号。検分事項、南街道第一巡礼区における保全料の徴収」
風が、紙の端を鳴らした。
「検分の結果。
一、通行の献金は六年前の教区布告により廃止済み。廃止の布告は現存する。
二、廃止の後も同額の徴収が継続。名目を『保全料』に変更。三年で金貨二千四百七十二枚。
三、同期間の道普請の支出、金貨百十枚。差額二千三百六十二枚は月末一括で大司教区へ送金、科目は献納。
四、実見による徴収率、十割。納められず引き返した者、確認できただけで一名、三度。
五、当該三年分の帳面は、記録倉の火災により焼失と届け出。ただし灰中の綴じ金具は四十一組、届け出は二十二冊。差の十九冊は焼失前に持ち出され、現存する。
六、火災の前夜、荷車二台が灯火なく南へ出た旨、村名主の証言あり。
――判定」
私は封蝋刀を取った。
「保全料の徴収は、名目の変更による廃止布告の潜脱と認める。徴収は全面不実。
徴収権を剥奪。三年分の徴収額を返還。返還先は納付者が特定できる分は本人へ、特定できない分は巡礼路の道普請へ充当し、支出簿を毎月開示。
徴収官ジョスランは職務停止。焼失した簿冊の点数の届け出は虚偽と認め、これを別途、記録の毀損として大司教区へ移送」
赤の蝋を溶かした。
関の柱に、当局の印で封を打つ。柱に打つのは初めてだった。扉のない場所に判を打つ日が来るとは、監査手帳の様式にも書いていない。
「以上」
坂の下で、誰かが声を上げた。次に、拍手のような音がした。
私は拍手を待たずに帳面を閉じる。着任した日から、そうしている。あの音は、監査の結果ではなく、監査の見物に対して鳴っているからだ。
ジョスランは、鍵束を外した。
「……三年分ってのは、俺が返すのか」
「あなたは返せません。あなたの手元にないからです」
「じゃあ誰が」
「送金を受けた側です。大司教区の受納簿に、月ごとの受取が記帳されております。返還の請求は、そちらへ」
男は、そこでようやく、自分が何の末端だったかを理解した顔をした。
「……俺は、集めて、送っただけだ」
「ええ。何度も伺いました」
「上は、名前も残さねえのか」
「残しません。ですから、あなたの名前だけが残りました」
言い過ぎたかもしれない。だが、これは記録である。記録は、慰めるためには書かない。助祭が青ざめた顔で書面を受け取り、番人の一人が縄を解いた。
縄はそのまま、道の脇に丸めて置かれた。誰も拾わなかった。
巡礼の列が動き出したのは、昼過ぎだった。銅笊は伏せられたままである。列は、途中で二度詰まった。詰まったのは、通り過ぎたあとで振り返る者が多かったからだ。
振り返って、縄がないことを確かめてから、また歩き出す。長く縄があった道では、無くなったことのほうが信じにくい。
「監査官どの」
ルカ様が、列を見ながら言った。
「私は、この関を三度通っております」
「認定のあとに」
「はい。謁見の巡行で、南へ二度、北へ一度。……そのたびに、先導の者が縄を上げました。私の馬車は、止まったことがありません」
「止まらない側から見た道は、道に見えます」
「ええ。私は十年、止まらない側から見ておりました。……見ていたつもりで、何も見ていなかった」
聖人は、自分の掌を見た。治癒のあとの癖である。今日は誰も治していない。
「今日の私は、何点でしたか」
「採点の対象がございません。今日、あなたは何もしておられない」
「……はい」
「ですが」私は言った。「見た、という項目があるなら、丸を付けます」
テッサが、封蝋の残りを布で包んでいた。
「カサンドラ様。支流、一本目ですね」
「ええ。興行の網は九本、検分済みは二本でした。これで三本目」
「あと六本」
「あと六本です。……テッサ、数えていましたか」
「はい。数えないと、終わりが分からないので」
この子は、いつのまにか終わりを数えるようになっていた。始めた頃は、次の日のことしか数えなかった。
ヴァレリーは、判定の間ずっと書いていた。夕方、宿の土間で、彼女は書き上げた報告を私に見せた。見せる規程はない。だが、見せてはならない規程もない。
『徴収官ジョスラン、職務停止。徴収権剥奪。上位者の関与について、監査官は口頭指示の存在を記録したが、指示者は特定されていない』
そこまでは、いつもどおりだった。最後の一行が、いつもと違った。
『所見。規程に口頭の項が無いため、当該指示は規程上存在しない。存在しない指示に従った職員のみが処分される構造について、本庁の判断を仰ぐ』
私は二度読んだ。
「ヴァレリーさん。これは、所見です」
「規程では、記録係は所見を書いてよいことになっております」
「これまで書いておられませんでした」
「……書く必要がございませんでしたので」
彼女は書字板を閉じた。閉じる音が、いつもより硬かった。
「監査官どの。私は、あなたの味方ではありません」
「存じております」
「私は、規程の味方です。……ですから、規程が使われていない場所を見つけたら、書きます」
私は、その一行の写しを請求した。彼女は規程どおりに交付した。
ギヨームは、同じ夜に発った。
「私は先へ行く。倉が焼ける順を、こちらで潰す」
「共に参られないのですか」
「審問官と監査官が同じ馬車で入った教区は、身構える。……身構えた教区は、燃やす日を早める」
男は、十九冊を私の側に残していった。持ち出した本人が持っているより、判の押せる者の手にあるほうが安全だ、とだけ言って。
「監査官。南倉に着いたら、私に報せろ」
「妹御のことは」
「訊かない」ギヨームは外套を留めた。「訊かずに済むように、先へ行く」
南へ発ったのは、翌朝である。街道は下りに入り、風が湿ってきた。二日目の午後、丘を一つ越えたところで、テッサが窓から身を乗り出した。
「カサンドラ様。……お祭りです」
谷が開けていた。
教区の名は、サン=ヴレー。道の両側に幟が立ち、人が土手まで埋まっている。太鼓と、笛。花を撒く手。
その中を、神輿が進んでいた。金の房で飾られた、大きな神輿である。上に、子供が乗っていた。白い衣を着た、痩せた子供だった。手を振っていない。笑ってもいない。
群衆は、その子を見上げて泣いていた。
監査官の私的控え——本日の決算。判定、一件(赤・柱)。徴収権、剥奪。返還、三年分。縄、一本(撤去)。興行の支流、三本目を遮断。
記録係どのが、初めて所見をお書きになりました。……次話、神輿の上の子供の、値段を検めます。




