表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
教会監査人は聖女を信じない 〜婚約破棄された検算令嬢、奇跡の「領収書」を拝見します〜  作者: 小鳥遊ミント


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
23/30

第23話:割り込みの値段

 提携の覚書は、施療院の書庫から出てきた。

 『巡礼者便宜供与に関する覚書』。施療院側の署名は、事務長ラウル。商会側は、会頭マルセラン。


 条文は三つしかない。商会は巡礼者の宿と輸送に便宜を図る。施療院は商会の案内人の立ち入りを認める。商会は施療院の営繕のため、志納を行う。


「志納の受け皿は」

「それが妙ですのう」フェリクス翁が受納の綴りをめくった。「施療院の営繕費に入っとらん。『本庁認定課扱い 特別志納』……施療院を素通りして、本庁へ行っとります」


 テッサが数字を拾う。志納、月に金貨二十枚。三年で七百二十枚。

 施療院の屋根は、三年前から雨漏りがそのままである。営繕の名目で集めた金が、営繕に一枚も使われていない。


 事務長ラウルの聴取は、その日の午後に行った。

 突く前から、崩れている人だった。


「わ、私は、施療院のためを思って……商会さんは、良くしてくださるので……巡礼の方々も、宿が取れると喜ばれて……」

「覚書の締結に、本庁の認可を取りましたか」

「認可……は、その、商会さんが、手続きは全部こちらで、と」

「志納の宛先が『本庁認定課扱い』となっている理由は」

「そういう書式だと……渡された紙に、そう」


 悪意の在庫が、どこにもない。この方は三年間、渡された紙に判を押し続けただけである。

 渡した側は、判を押す人を選んでいた。検めない人を、正確に。


「ラウル様。一つだけ伺います。三年間、一度でも、変だと思ったことは」

「……屋根の、雨漏りが」事務長は、うなだれた。「営繕の志納をいただいているのに、どうして営繕の稟議が通らないのかと。……二度、訊きました。二度とも、『別枠だから』と」

「誰に訊きましたか」

「商会の、案内人頭に」


 教会の中の疑問が、商会の答えで蓋をされている。配管は、建物の問いにまで水を回していた。


「型が、見えてきましたね」と私は言った。「教会の看板を商会に貸す。貸し賃は『志納』の名で、認定課の筋へ上がる。……フォンス村と同じです。献納の行き先が、同じ筋です」


 もう一つ、覚書には根本の不備があった。

 教会の名を用いる提携は、本庁の認可が要る。覚書に、認可の印がない。事務長の一存で結ばれ、三年間、誰にも検められていない。

 ……検められない場所にだけ、この種の紙は育つ。


 判定は、三日後に出した。


「受理番号、本年度第四号の内、第一件。検分事項、施療院と商会の提携の適否。

 検分の結果。一、覚書は本庁の認可を欠く。二、志納は名目と受け皿が不一致。三、当該提携により、施療院の受付は事実上の割り込み販売の場となった。

 ――判定。覚書は無効。施療院の受付は、重症の順を先とし、以下は籤とする。教会の名および聖人の名の商用使用は、以後、本庁認可なきものを禁ずる」


 封蝋は、灰。事務長ラウルの覚書綴りに落とした。赤ではない。この方は搾取の設計者ではなく、設計図に判を押しただけの、検めない人である。検めない罪は、灰の色をしている。


 受付の是正から五日目に、施療院から報せが来た。

 重症優先枠の一号は、南村の娘だった。


 その日の謁見には、私も立ち会った。監査の継続検分として、である。他意は帳簿に載せない。

 リゼは診台の上で、行儀よく手を膝に置いていた。父親は入口で、帽子を胸に押し付けたまま固まっている。


「はじめまして」と、白のルカは言った。「目を、見せてくださいね」


 治癒というものを、私は職掌上、何十回も検分してきた。それでも、あの光の説明は、いまだに帳簿に書けない。

 聖人の掌が翳され、白い光が、蝋燭のように静かに灯る。派手さは何もない。ただ、診台の上の小さな肩から、こわばりだけが先に解けていく。

 布が外された。

 娘は二度まばたきをして、部屋を見回し、最初に見つけたものの名を呼んだ。


「……おとうさん、ひげ、のびてる」


 入口で、帽子が床に落ちた。

 テッサは記録係の顔を保とうとして、失敗して、袖で目元を拭いた。私は記録係の顔を保った。保てたはずである。誰も検分していないことを願う。


 帰り道、ルカ様が、受付での顛末を教えてくれた。私が立ち会う前の話である。


「父親が、受付で九枚の金貨を差し出したそうです。枠は十枚だったから、足りない分は働いて返すと」聖人は自分の掌を見て、それから、珍しく笑った。作り物ではない方の笑い方だった。

「受付は」

「言ってもらいました。――施療院の謁見は、無料です、と。あの親子、しばらく動けなかったそうですよ」

「……祈りは無料、奇跡は有料、だそうですので」

「ええ。ですから、訂正してきました。祈りも無料、奇跡も無料。有料なのは、割り込みだけです。……今日の私は、何点でしたか」

「本日は、採点を保留しません」


 聖人が、まばたきをした。


「良い仕事でした」


 返事はなかった。ただ、隣を歩く足音が、半歩ぶん軽くなった。


 商会の反応は、翌日に来た。

 マルセラン本人が、菓子折り一つで監査局の階段を上ってきたのである。軋む四段を、樽のような体で豪快に軋ませて。


「いやはや、一本取られましてな。特別巡礼枠は、本日をもって販売終了です」

「潔いことです」

「商人は損切りが早いのが取り柄でしてな。……ですが監査官どの、看板は一枚剥がれても、また生えます。聖跡巡りの刷り物、刷り直しました。改訂版、お納めください」


 『聖跡巡り大興行 全二十一箇所 御朱印つき』


「ご覧の通り、聖人様の名前は、もう使っておりません。聖跡は物を言いませんでな。文句も出ない」

「巡礼路の聖跡は、教会の管理地ですが」

「管理は教会、道は商会。……道は、誰のものでもありませんでしょう?」

「会頭。念のため申し上げますが、当局の検分は継続中です」

「存じております。だからこうして、ご挨拶に」商人は菓子折りを机に置いた。「監査というのは、ありがたいものでしてな。おかげで当会は、危ない商品を一つ、卸値で損切りできた。……次からは、監査官どのに褒められる商いをいたしますよ。褒められる商いが一番儲かる、というのが持論でしてな」


 商人は笑って、来た時と同じ豪快さで階段を降りていった。

 テッサが菓子折りを検分して、小声で言った。


「……認定課のより、高いやつです」

「毒見は」

「します。……あ、でも、一個だけにします。前回、夕食に響いたので」


 勝った気が、まるでしなかった。切られたのは商品の一枝で、幹は太ったままである。むしろ幹は、切られた枝の分だけ、身軽になった。


 その幹の根元から、水の音がしたのは、同じ週のうちだった。

 監査局に、巡礼者の訴えが三件、続けて届いたのである。

 曰く――巡礼路の宿駅で、「献金」を納めない者には、馬も寝床も水も、売ってもらえない。

監査官の私的控え——本日の決算。覚書、無効一件(灰)。割り込み券、販売終了。治癒、一件(金貨零枚)。

道は誰のものでもない、と会頭は言いました。……では、道端の「献金箱」は誰のものか。次の検分事項です。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ