発見
「翼。翼。起きて」
身体を優しく揺すられて、眠りから覚める。
草と土の匂いで意識が覚醒し、冷えた空気が肌に沁みた。
「ふぁ……もう朝か」
「おはよ、翼」
「あぁ、おはよ」
のっそり簡易テントを出て、大きく伸びをする。
身体は意外にも、それほど凝ってはいなかった。
大きな葉の敷き布団は地面が柔らかかったお陰か、思ったよりも寝心地がいい。
まぁ、それも固い地面で寝るよりはマシ、程度のものだけど。
「さぁてと、二日目の始まりだ」
木々から生い茂る枝葉の天井から、微かに垣間見える白んだ空。
それを見上げて体内時計をリセットし、二日目の開始を再確認する。
今日は指令のどちらか、あるいは両方をこなす。
魔物との戦闘は避けられない、気を引き締めていかないと。
「っと、その前に朝食の準備だな」
胃に少量でも何かを入れておかないと身体が起きない。
かと言って、昨日の夜ほど手間を掛けるつもりもない。
あまった木の実や果実、キノコを焼くくらいだ。
昼食の分も、すこし取っておこう。
「あのさ。それ、翼に任せてもいい?」
「ん? あぁ、いいけど。どうした?」
「その、さ」
「うん?」
歯切れが悪い。
「昨日、そのまま寝ちゃったから。ちょっとでも綺麗にしときたくて」
「あー……」
この演習中、俺たち生徒は当然ながら風呂に入れない。
だから、せめて濡らした手拭いで、身体を拭くくらいのことはしたい。
そう考えるのは、ごく自然なことだ。
「悪いな、気が利かなくて」
そう言いながら、川を背にして倒木に腰掛ける。
「俺はここに座って動かない。振り向きもしない。それでいいか?」
「うん、ありがとっ……薄着になるだけで裸になる訳じゃないけど、覗かないでね?」
「しねーよ、そんなこと」
まったく。
「この演習中に和を乱すようなことはしない」
「演習中じゃなかったらするの?」
「揚げ足を取るなっ!」
「えへへっ、じょーだん」
そう笑って、乃々は川へと駆けていった。
朝から元気な幼馴染みだ。
そうでなくては困るんだけどな。
「ひゃー、つめたーい」
日付は五月末とあって、しかも早朝だ。
川の水は、さぞかし冷たいことだろう。
俺もあとで身体を拭こうかと思っていたけれど、やめようかな。
一日くらい、誤差だろうし。
顔を洗うくらいにしよう。
「ねぇ、翼ー。今日の目標、どっちかに絞っておこうよー」
そう乃々から提案される。
すこし離れたところにいるから、声のほうも大きめだ。
「あぁ、そうだなー。どっちが良いと思う?」
乾いた枝を折って、竈にくべる。
そのあと木の実や果実、キノコを木の枝に差して焼き始める。
「んー、私はやっぱり卵のほうかなー」
「あー、居場所に目星が付けられるからなー」
青鷺火。
この魔物の巣には特徴がある。
見れば一発でわかるほどだ。
それだけ目立つ分、発見の難易度は下がる。
早期に見つけられれば時間を有効に使うことができるはずだ。
「なら、それにするかー」
「じゃ、決まりねー」
今日の目標を決め、木の実と果実が焼き上がる。
その頃になると、乃々も川から上がっていた。
「ほら、できたぞ」
「うん、ありがと」
焼けた朝食を乃々に渡し、アイルとギンを呼ぶ。
みんなで朝食を取り、身体を起こしたところで行動に出る。
「火消し、良し」
竈の火が、完全に消えたことを確認する。
「行くか」
そうしてから拠点を後にし、青鷺火の巣を探して探索を開始した。
森の中は、枝葉の厚い天井のせいで常に薄暗い。
見えないほどではないが、視界は確実に狭まっている。
加えて、露出した木の根や倒木。地面の緩やかな起伏と言った足場の悪さ。
これらが歩行の邪魔をして、舗装された道路を歩くより時間が掛かってしまう。
僅かな時間だが、積み重なれば大きなロスになる。
気がつけば、巣を見つけられないまま昼を迎えていた。
「見つからないな」
停滞した状況に、俺たちは一度足を止めた。
木の幹に寄りかかりつつ、木の実や果実を囓る。
今朝に焼いたものと、道中で採取した生で喰えるものだ。
アイルたちにも、分け与えている。
「この辺はもう諦めて、今度は別方向に行ってみる?」
「ここに固執しても時間の無駄か……そうだな、思い切ってそうしてみるか」
そうして話は纏まり、焼いてあった最後の木の実を手にとる。
「ん?」
「どうかした? 翼」
「いや、焼き加減を間違えたなと思ってさ。なんか、焦げ臭い」
見た目はそれほど黒くなっていないんだけれどな。
「焦げ臭い? 言われてみれば……」
「乃々も? ……待てよ」
手に持った木の実をアイルへと投げる。
「くあー!」
アイルはそれを器用に空中で食み、噛み砕いて飲み込んだ。
いま、手元に焼けたものはなにもない。
「やっぱり、まだ匂いがする」
ほんの微かにだが、焼け焦げた匂いがする。
「翼。これって」
「あぁ、まず間違いない」
この古びた木が焼けたような濃い匂い。
「この匂いの先に、巣がある」
俺たちは、確信を抱いた。
「――青鷺火は、卵を灰の熱で温める習性がある」
匂いを頼りに巣へと向かいながら、情報の確認作業を進める。
「巣は油分の少ない生木で造ってるんだっけ」
「あぁ、灰の熱で燃えないようにな」
焚き火や竈で燃やす薪は、なるべく乾燥したものを選ぶといい。
油分の多いものなら、なお燃えやすい。
青鷺火はその逆で、油分の少ない生木を選ぶ。
つまり、切って間もない枝を、巣作りに利用している。
「灰の熱で焦げたり乾燥した枝は、すぐに新しい生木と取り替えられる。その作業中に冷えた灰は巣から落ちて、取り替えた枝を燃やして新たな温かい灰にする」
「無駄のない賢い魔物だね」
「本当にな。だが、お陰でこの焦げた匂いをたどれば位置が掴める」
青鷺火は、その名の通りに火を操る。
この森の生態系の中でも、上位に食い込む強力な魔物だ。
青鷺火が常に焔を纏っていることもあって、彼を捕食できる魔物は限られている。
だからこんなにも堂々と、卵を温められている。
「――見つけた」
匂いをたどることしばらく、目的である巣を発見する。
高い木の上に、大きな巣が設置されている。
すぐに木の陰に隠れて姿を消し、様子を窺った。
ちょうど巣に青鷺火が帰ってきたからだ。
「ちょうど入れ替えに来たのか」
「燃やす対象を選べるって言うのは、本当みたいだね」
青鷺火は、燃やす対象を選べると言う。
燃えた嘴で生木を運んでも、生木がダメにならないのはそのためだ。
あと、この森が炎上していない理由にもなっている。
「にしても、幻想的だな」
青白い火を纏う鳥。
その姿はまるで神の使いだ。
眺めていて、これほど絵になる鳥もなかなかいない。
揺らめく焔に魅了されてしまいそうだ。
「どうする? 目的はあくまで卵だけど」
「そうだな……」
指令はあくまでも、青鷺火の卵を得ること。
戦って討伐することではない。
「避けられる戦いは、避けるべきだな」
無理をすることはない。
「この後、まだ指令をこなさなくちゃならないからな」
「わかった。じゃ、あれが離れるまでここで待機ね」
息を潜めて、じっと機会を窺う。
嘴を器用に使い、青鷺火は巣作りに熱中している。
十数分かけてそれが終わると、今度は取り替えた古い枝を燃やした。
一瞬で灰となり、それは卵の上に振りかけられる。
そうして、青鷺火はどこかへと飛び立った。
「今だ、いくぞ」
「うん!」
その好機を見逃すことなく、俺たちは木の陰から跳びだした。