焔刃
「乃々!」
「まっかせといてっ!」
木の陰から跳びだしてすぐ、乃々はギンを憑依させる。
獣耳と尻尾が生え、身体能力は人のそれを凌駕した。
その強靱な足腰からなる跳躍に掛かれば、木の幹を蹴り上がることなど造作もない。
数秒と掛かることなく、巣へとたどり着く。
「よしっ」
アイルを飛ばして、巣から卵を持ち去ることもできた。
だが、その状況下で万が一が起こった場合、対応が間に合わないかも知れない。
ゆえに、確実性をとって乃々に巣へと向かってもらった。
そして、案の定と言うべきか。
「ケェェェエエンッ」
万が一は起こる。
異変を感じ取った青鷺火が、舞い戻ってきた。
「乃々っ!」
「大丈夫、もう取ったっ!」
灰で煤けた、灰色の卵。
ダチョウの卵ほどある大きなそれを抱えて、乃々は飛び降りる。
獣特有のしなやかさを再現し、着地した乃々は衝撃を殺しきった。
卵には、ひび一つ走っていない。
「よし、撤退だっ!」
卵を持った乃々を先に行かせて、そのあとに俺も続く。
青鷺火は、やはりと言うべきか追ってきている。
卵をかえせ。
そう叫んでいるかのように、何度も鳴き声を上げている。
そして、その叫びが無駄だと悟ると、今度はその青白い焔を盛らせた。
「来るよっ!」
「任せろ、俺がどうにかするっ!」
卵を抱えた乃々は、足場の悪さもあって慎重を期し、速くは走れない。
青鷺火から繰り出される攻撃を迎撃するのは、俺の役目だ。
「アイル!」
「くあー!」
アイルを刃化させ、白銀の刀を握る。
そして、降り注ぐ火の雨を、打ち払った。
「まだまだ来るぞっ!」
拡散する青白い焔。
絶え間なく火花の如く、それは俺たちの頭上に降り注ぐ。
俺が優先するべきは自分の身ではなく、乃々の安全だ。
刀身に灼熱を纏い、次々に青白い焔を捌いていく。
「――切りがないな」
しかし、防戦一方では埒があかない。
青鷺火をどうにかしないことには、延々と追ってくる。
火の雨は止まない。
しかし、かと言って追い返そうにも刀では空に届かない。
そうなれば出来ることは限られている。
「乃々っ! 止まれっ!」
「えぇ!?」
乃々は驚いたような声を上げ、だが足を止めてくれた。
「ど、どうするのっ!?」
「決まってるだろ。こうするんだ」
刀身に纏わせた灼熱をより激しいものとする。
対する青鷺火は、卵を取り返そうと上空から急下降した。
それが俺の狙いとも知らずに。
「先生、技を借ります」
灼熱で描く一刀。
それは振り抜いた刀身から離れて刃となる。
夜咲先生の黒刃。
それを再現した焔刃。
飛翔するそれを、下降中の青鷺火に避ける術はない。
「ケェェェエエッ!?」
焔刃の直撃を喰らい、青鷺火は羽根を散らして怯んだ。
空中で制御が聞かず、真っ逆さまに落ちていく。
けれど、流石は魔物だ。
地面すれすれで滑空し、そのまま飛翔して逃げていった。
「ふー……なんとか、追い返せたな」
うまく行って良かった。
卵も諦めてくれたみたいだ。
「やるじゃん、翼っ! そんな技、いつ編み出したの?」
「数日前にな。でも、こいつはただの真似だよ。夜咲先生の」
そう言いつつ、視線を卵へと向ける。
抱えられた灰色の卵。
こうしてまじまじと見ると、指令を一つこなした実感が湧いてくる。
「ふへー。それにしても、なんか暑い。走ったからかな」
「まぁ、あれだけ火の雨を浴びたからな。それになんだか蒸しあ――」
蒸し暑い。
そう言おうとして、気がつく。
この周辺の湿度が異常なほど高いことに。
「乃々、警戒しろ。なにか変だぞ」
「うん、そうかも」
ようやく卵を確保したと思ったのに。
今度はなんだ?
「……霧、か?」
視界が微かに白む。
うっすらとした霧に覆われているみたいだ。
これが湿度の高さの原因。
なら、これを発生させているのは。
「――そこかっ!」
霧を発生させている何か。
その魔物の位置を特定した直後、俺たちは互いに地面を蹴る。
蹴って退避し、その魔物からの攻撃を躱した。
「こいつっ」
俺たちの目の前に現れた魔物。
その姿形には憶えがあった。
この演習の前に、穴が空くほど図鑑を見ていたからだ。
「――水虎」
虎の姿に似ていることから、そう名付けられた魔物。
全身の九割が水で構成されており、高い再生能力を誇る。
指令で名指しされるだけあって、討伐難易度は青鷺火の比ではない。
「乃々っ! 無事か!」
水虎に分断された向こう側に、言葉を投げる。
「大丈夫っ! 卵も割れてない!」
「上出来だっ!」
卵が割れていないのは、不幸中の幸いだ。
水虎は討伐対象であるものの、今この場で戦うことはできない。
まずは卵を拠点にまで持ち帰ることが最優先。
この水虎の相手は、それからだ。
「とはいえ……」
水虎はこちらを見据えて、低く唸っている。
縄張りに足を踏み入れたから、という訳ではないだろう。
水虎は水辺の近くを好むが、縄張りというものを持たない。
不機嫌そうに唸っているのは、単純に腹が減っているからだ。
しかも、好物が青鷺火の卵ときている。
「まずは邪魔者から始末しようってか」
俺のほうに意識が向いているのはありがたい。
だが、ひとたび乃々が動き出せば、即座にそちらを狙うはず。
いま全速力を出せない乃々が狙われたら、卵は諦めるしかない。
だから、そうさせないためにも。
「デカいのを一撃……浴びせるしかないか」
刀身に再び、灼熱を纏う。
それを敵対行動と見做して、水虎は更に低く唸る。
姿勢を低くし、いつでも襲いかかれるように体勢を変更させた。
「これだけ湿度が高いんだ。多少、火力を上げてもいい……」
更に灼熱は盛る。
その瞬間、水虎は地面を蹴った。
剥き出しの牙が迫る中、こちらも灼熱を振るう。
繰り出すのは、火龍。
刀身から放たれた火の龍が、水の虎を呑む。
しかし。
「ガァアアアアアッ!」
水虎は火龍を突き破り、この身に迫る。
「わかってんだよ、効かないことくらいっ!」
火と水だ。
相性が悪いのは目に見えている。
だから、火龍は視界を塞ぐための囮。
本命は灼熱を濃縮した、この一刀。
「蒸発しろっ!」
斬り返しの一刀は、水虎の顔面を横切った。
二つに裂け、灼熱で体内の水分が蒸発する。
それは爆ぜるように、水虎の頭部が破裂した。
「逃げるぞっ! 乃々っ!」
「うんっ!」
しかし、それでも致命傷にはならない。
高い再生能力が働き、周囲の湿気から水分を掻き集めていく。
水虎は周囲に水さえあれば、たとえ頭が破裂しようとも蘇る。
何度でも。
そんな魔物を相手に、卵を庇いながら戦える訳がない。
俺たちは水虎の頭部が再生しきる前に、戦線から可能な限り速く離脱した。
「――はぁ、はぁ……追っては……来てないな」
「うん、そうみたい。ふあー、疲れたー」
日が沈む前には、拠点に戻ることが出来た。
卵も割れずに持ち帰れている。
これで残る指令はあと一つ。
「とりあえず、一息入れてから晩飯を探しにいこう。それを喰ったら」
「作戦会議、だね」
「あぁ。あの水虎にリベンジだ」
こうして日は落ちて夜がやってくる。
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