狂者の剣
「……ャれャれ、最後ノ壁、ですネ」
砂煙の中、立ち上がる赤い靴。
黒いキチン質のようなドレスは部分的にひび割れ、砕けたコンクリート片などにより薄ら白く染まっている。
「立つのか……」
アキラの飛び蹴りは、異常なまでの速度であった。更には、魔法少女の質量は常人のソレを上回る。それこそ、体重×速さ=破壊力はトラックの比じゃない。
それを受け、ボロボロになりつつも立つ。その根性、執念はどこからくるのか。
「私ト!! 彼の間を邪魔スるナァ!!!」
滑り落ちる様に地を走る赤い靴。一度、二度と、アキラを横切る。
そう、アキラの横を通る度、エッジにより斬る。そのスピードは、最初俺にすら見切れるものであったが、繰り返すたび指数関数的に加速している。
「くッ!」
最初の内は、なんてこともなかった。
アキラはその攻撃を気にすることもなく、周囲の人々を魔法により癒していた。
「マジ、かよ」
しかし、今ではアキラはその攻撃に耐えんと身を固め、必死に受け止めている。
回数を繰り返すたび、その一撃は重く、強力なものと化す。
アキラの魔法少女装束がいつしか、汚れにまみれ、血が滲む、目に見える変化。
走り回るその速度による衝撃波、急旋回時に飛び散る瓦礫。
衝撃波に当てられ飛び散る剣姫騎士、瓦礫により沈黙する魔法少女。
それらがまるで竜巻の様に一つのうねりと化す。
ほぼすべての人々が虫の息であったが、アキラの魔法により、見る見るうちに立て直す。
多く者は今一度戦える身体となった。しかし、彼女らは動けない。
――治療されたからと言って、戦えるわけではない。
痛みを覚えている。恐怖は死んでいない。
それを乗り越えてこその戦士だろうが、それを彼女達に求めるのは酷か。
溜息を吐き、息を吐き切り、深く吸う。
行うのは集中。
必死に呼吸を読む。だんだんと乱れるアキラの呼吸、そうして落ち着いた有象無象の呼吸。そんなモノじゃない、俺が読むべきは――飛び散る瓦礫、先行するように発される強く短い――赤い靴の呼吸。
糸口を掴み、自らの呼吸を彼女に合わせ、観察する。どう攻めている? 何が基準だ?
己を赤い靴とし、思考の中でアキラと対峙する。自分であれば攻める場所、赤い靴が攻めた場所、ズレを修正し相手を思う。
見て居るだけの申し訳ない気持ちが心臓を強く鳴らし、アキラが痛みを感じるたびに赤い靴の勝利を感じ心が熱を帯びる。家族として、助けたいと言う感情と俺が傷付けて居ると言う感覚が混ぜこぜとなり、奇妙な陶酔と高揚感が俺と赤い靴の違いを埋め、馴染ませる。
アキラが呻くほど、アキラが血を流すほど、俺と赤い靴は同じになる。
――瞬間、呼吸が変わる。
今までと比べ、わずかだが深い呼吸。赤い靴ならどうする。俺は――
呼吸を切り上げ、アキラの目の前に立つ。手に握ったナギ。今度は投げ捨てるのではなく、地に突き刺し――アレはアキラの魔法障壁を超えるかもしれない――自らの支えへと変える。
「えっ!?」
「にぃ!?」
――真正面から、実力で叩き伏せる。
アキラの胸に向けての飛び蹴り。それが、答えだろう?
剣の姫騎士として強化された感覚が、引き裂かれる肉の痛みを強く、しっかりと認識させる。
俺と言う邪魔者をブチ破りながら、進む赤い靴。その進路が僅かにズレる。
「ざまあみろ」
その速度、僅かなズレがゴールを変える。その一撃はアキラに届かない。その結果は、無様な隙をアキラに晒すだけ。俺たちの勝ちだ!
脳が既に痛みのシグナルを受け付けない。痛みをごまかそうと大量生産される脳内麻薬。それを良い事に、人の形を失った自らの半身を引きちぎり、アキラへ振り返る。
「な、に」
小さくつぶやく。
そこにあったのは、俺の血に塗れ佇む赤い靴と、その横で膝をつき打ち震えるアキラの姿だった。




