ひみつのアキラちゃん
「続き……しないの?」
「しねぇよ!」
思わず叫びを上げた。その声に驚き倒れこむアキラ。
「すまん……」
そんなアキラに謝罪を一言、倒れたアキラを起こそうと手を伸ばす。
「ん……」
アキラは不機嫌そうにその手を取る。そして、そのまま引き上げようと力を入れる――入れようとしたその瞬間、アキラが全身をバネに俺を引く。
これは柔道――否、実践的な柔術の動きだ。突然のことにバランスを崩す。
「うぉおお!?」
そのままアキラに倒れこむ。その際のインパクトをアキラは受け止め、受け流す。これも柔術の挙動である。無数の格闘技をマスターしたアキラだからこそ出来る戯れだ。
「はははは」
「何だよアキラ……危ねぇな」
そう言い、身体を持ち上げようとする。その地面に付いた両の手を払いのけ、その脚で俺の身体を抱え込み、アキラは俺の動きを止める。
「お、おい! アキラ!?」
驚きから声を荒げる。というか、こっから関節技決められたら死ぬぞ……。
「ふふっ。昔はこうしてじゃれて来たよね、シューくん」
そう言うアキラの両腕が俺を抱き締める。甘いシャンプーの匂いが鼻孔をくすぐる。
「覚えてねーよ……」
嘘だ。良く覚えている。
俺が幼く、背丈が今のアキラと変わらない様な頃から、アキラも変わっていない。小さな頃は父親だと言うよりは友の様に思っていた。だからこそ、じゃれ合うような、そんな近い距離感で居た。
「ぼくは覚えてるよ? シューくんあの頃から可愛くってね? きっと将来、アイドル、ミュージシャン、ロックスターだって思ってたんだっ!」
そう言い、俺の頭を撫でるアキラ。どこか懐かしさを覚える。
「シューくん、最近大きくなって、ぼくから見てもハっとする程かっこ良くなったね……。それに、うん、大人になった」
顔を赤らめながら、アキラは言う。俺にはその表情が伺えないが、それは救いであった。
「ねぇ? シューくん?」
「……なんだよ」
「昔みたいに、とは言わないけど、もう少し近くに居て良い?」
「……好きにしろ」
ぼそりと、小さく、聞こえない様にと願いながら、ぶっきらぼうに呟いた。アキラの俺を撫でる手が激しく、そして何処か楽しげなものになったのを、また不機嫌そうに受け入れた。
「おい、シュート、すまないが一人飯は寂しすぎる。お昼は買ってきたし、アキラちゃんの弁当箱も持ってきたから一緒に食べてくれない……か?」
屋上に、先の弁当箱と幾らかの菓子パンを持った六花が上がり、そして俺とアキラを見た。
処女雪のように白く、柔らかな長髪は乱れ、紅く上気した『女』の顔。そんな少女の上に覆いかぶさるように男が倒れこんでいる。
「……なっ……」
それがどのような状態に見えるか、多くは語るまい。
「あ? あ……氷室……さん?」
話しかけられれば気が付く、俺はその声の主に、ギチギチと、油の刺されぬ蝶番の様なぎこちなさで振り向いた。
その下で、アキラが勝ち誇ったような笑顔を作る。
「あっ! ひむろちゃん、お弁当持ってきてくれたの? ありがとー。悪いんだけど、『終わるまで』待っててくれる? 『大切な家族の時間』だからね?」
そうして、自らの指先を、艶かしく、慈しむ様に舐めて見せる。アキラの挑発だ。
(あ……これ終わってね?)
「Oh……Crazy……Crazy……Sisterfucker……Oh,my God」
六花はそう呟くと、アキラに手を振り、俺に対し言葉を向ける。
「実の家族に手を出すとか引くわぁ……」
全くもって仰る通りです……。
それだけ言うと、彼女は弁当を置いて屋上から出て行った。
「ははははは……」
終わった……運命的に出会って、その日の内に全ての信頼を失った……。
残された二人。落ち着いて俺は自らの状態を確認――襲っていると見られてもおかしくは無い。しかしながら、今ではその犯行を目撃するのは、被害者と弁当箱だけだ。
「ねっ! シューくん、もう少し、こうしてよ? 授業までには帰るから? ねっ?」
猫撫で声で加害者が囁く。俺にはもうどうでも良かった。
「もう好きにしろよ……」
《集人さん、率今回良いですよ。やっぱヒロイン出して、ラブコメしてれば受けますねぇ》
(お前は好きにするな……死ねよ本当に……)
――サヨナラ恋心。小さく呟いた。
昼休みの残り時間がおよそ半分を切った頃、ようやくアキラは俺を放した。
その後も食事を食べさせようとするアキラと、それを防ぐ為の戦い等があったが、昼休みも終わると、特にごねる事も無くアキラは家に帰って行った。
やっぱアキラの飯は美味い。朝の焼きそばパンとは比べようが無いほど美味かった。
恐らく作って直ぐ持って来たのだろう、温かい状態で食事にありつけた。それもまた、味の評価に一役買っているのだろう。
そんな訳で昼食に満足し、気分良く教室に戻る。
「……ッ!」
教室に入る俺の顔を見るなり嫌そうな表情に変わる六花。
俺は自分の今の状態と、解決せねばならない問題を思い出した。
(……あれをさぁ、魔法で……)
《ええ、何とか出来ますよ? します?》
(やめとく、後で何を要求されるかわからないからな)
エイダの言葉を頭の内で必死に否定する。俺は怪しまれない程度に周りを見渡しつつ自らの席に着く。
俺自身の判断としては、何一つ噂は流されていない。
まぁ、感謝だ。
しかし、自らの家族に手を出す様な人間だとクラスメイトに、それも今日会ったばかりの人間に思われている。居心地の悪さを感じる。
(……本当に手を出そうとして襲って来るのはあっちだがな)
《出るとこ出て、そう言う証言して勝てると思います?》
(ははは、勝てる気がしねぇ)
そんな状況になればブタ箱に送られるのは自分であろうと覚悟している。だからこそ、アキラからの誘いがあろうと、手を出されそうになろうと、必死に逃げるのだ。
『――そう、本当は集人もアキラを愛している。家族としてでは無く、一人の人間としてだ』
(何? 何言ってんの? 洗脳の一種?)
《あ、気にしないでください、今ちょっと心情描写のナレーションを……》
(んな事これっぽちも心にねぇよ! 本当にやめてくれ!)
そんな事よりも今の問題だ。必死になって考える。
先の話をクラスでされれば、まともな扱いは受けられないだろう。警察にされれば御用も視野に入る。アキラから逃げると言う結果だけを求めるならそれも一つの答えだろうが、俺は綺麗な身体で居たい。
(やっぱ氷室と話し合った方が良さそうだな……)
そう結論を付けた。
「――氷室さん? お話が」
そうして隣を向く。そこにはセピア色になった彼女が居た。
「はぁ!?」
よくよく周りを見渡せば、誰一人として色を持つ人間は教室には居ない。
部屋まで色を失い、まるで夕日に染まる教室だ。時計は一切の挙動を止めて居る。この風景が、少しの物悲しさを覚えさせる。
「って待てよ!? どう言う――エイダァアアアアアアアア!!!!」
叫びを上げる。およその見当は付いている。
《……何の事ですかね。ワタシシリマセッーン。ヒトチガイデース》
人をおちょくる様な調子で、エイダは否定する。隠したいと言うよりは、どうせ痛い目は見ないし、面倒だから適当な対応で良いだろう、そんな気持ちがヒシヒシと伝わる。
「調子乗りすぎだろテメェ!」
「いや、でも仕方ないんですよ」
脳で無く、耳に響く声。俺は驚きから、距離を離しつつ振り向いた。
蒼く、流れる様な長髪、空を思わせる深い碧眼。そして青くパツパツ、ボディラインの見える服装に身を包んだその女性。
「わざわざ目の前に来るとは……珍しい事もあるもんだな」
「これもまた、『尺の都合』と言う奴ですよ」
両の手を上げ、やれやれと呟くエイダ。集溜息を一つ吐くと尋ねる。
「で、何の用だ?」
その後は、先までの事について糾弾するつもりであった。しかしながら、それはエイダの人指し指が俺の唇を止めた事により叶わなかった。
「――敵です。アキラさんに出て貰います? それとも貴方のノルマクリアの足しにします?」
表情が変わるのを感じる。それの言わんとする所をエイダはくみ取り、俺の唇に触れる自らの指、その背に口付けを一つ。
「――ん!?」
驚きからたじろく。そんな俺の身体へ赤い粒子が集まり、輝きと共に弾ける。そこに在ったのは灼熱色の長髪、燃え盛る紅眼。赤き魔法少女の姿であった。
「さて、準備は整いました、今こそワクワクドキドキの決戦タイムです」
「あんまりワクワクしねぇ……それにスカートにも慣れねぇしな……」
「あ! その恥じらいの表情良いですね、そう言うあざとい反応も率に関わりますよ?」
「そう言うのが嫌なんだよ!」




