始まる闇の学校生活
「さて、昼食だが。シュート、君は恐らく弁当を持って居ないな」
ニヤニヤ笑いを浮かべながら言う六花。そんな彼女の推理に驚きを隠せない。
「良くわかったな」
「簡単な推理だ、君は朝方朝食を買って来ていた、そして昼休みだと言うに、一向に弁当を出そうとしない、早弁すらしてなかったしね」
ほとんどが勘に近い推理をスラスラと唱えながら、六花はしたり顔を作る。
「しかし奇遇だ、私もなんだ」
「なるほどな、オッケーわかった学食にでも行くか」
そう言い席を立つ。六花もそれに続く。
「道がわからないのでな、助かる」
そう言う六花を連れ、学食に向かう。そんな俺にエイダが尋ねる。
《え!? 学食行くんですか?》
(……購買でパンでも良いがな、腹減ってんだよ今日は)
《お昼なら用意されているのに》
「――あっ! シューくんっ!」
エイダの言葉に反応するよりも速く、別の声が俺を呼んだ。
俺には聞き覚えのある声だった。産まれてより十六年、苦楽を共にした者の声だ。
「――アキラァッ!?」
振り向けばそこに居た。
折井 明。学校の廊下に立つその姿は、何処か浮いて見えた。
俺のお下がりの、その小さな身体には合わない大きなTシャツを羽織り、アキラは大きな弁当箱を持って、そこ在った。
「シューくん、お弁当もってきたよっ!」
白い長髪を揺らしながら、花が咲いたように笑うアキラ。
《だから言ったじゃないですか、昼は用意されているって》
「……? シュート、誰だその人は?」
さて、どうするか。俺の頭の中にはそれしかなかった。
「んー? シューくん、その女の人誰? お友達?」
「……シュート、可愛いなこの娘、貰って良いか? 貰って良いか?」
「ヤらねぇし、そのヤバイ呼吸やめろ氷室。で、だ、そうだ、俺の友達だよ、だから威嚇するな、アキラ」
《すっかり修羅場ですね、おお、こわいこわい》
(お前は黙れ)
エイダの言う通り、廊下は修羅場としか言いようのない状態であった。
銀髪の美少女が鋭く冷たい視線で、これまた美人な少女を睨み。睨まれる少女は何処か荒い呼吸で興奮している。それを必死になだめようとする俺が一人。いかなる理由かはわからないが、他の人間は今そこに居ない。
(他に誰も居ない……それだけがせめてもの救いか……)
恐らくそれもエイダの仕組んだ事であろう。そう思いつつも、この場をどうするか必死に考える。
六花に対しアキラが父親であると言えばそれは色々と話が早いだろう。
(だが、それは避けたい……自分の父親があんなんだって誰が言えるってんだよ……)
俺の父親は息子である俺が大好きで、良く性的に迫ってきます。等と言える筈も無く。そう言わずとも、アキラが父親であると伝えれば、誰がどう思うかわかった物ではない。
《まぁ、貴方方の生活模様がばれたら御近所付き合いとか不可能でしょうねぇ……》
(だよな……)
内心溜息を吐く。
「可愛い……可愛いなぁ……アキラちゃんって言うのか……」
「シューくんっ! 殺って良いっ!? もう面倒だから締めちゃうねっ!」
「いや、やめろ本当に、どっちもやめろ」
そう言い、二人の間に入る。
「シューくん、何であの娘の肩持つの?」
「シュート、君は一体彼女の何だい?」
それぞれが訊く。大きなため息の後、先ずはアキラに口を開く。
「アキラ、他人を殺したんじゃ面倒が過ぎる……それに軽々しく殺すなんて言う奴は嫌いだ」
次は六花。
「氷室、アイツは俺の大切な家族だ、だから変にちょっかいを出すのはやめてくれ」
そうして話を何とか付けようとする。だが、そう簡単に行く物ではない。
「家族? だとしても可愛い者を愛でる事は止められまい!」
《集人さん私この娘本当に殺しちゃった方が世の為、人の為な気が……》
(やめろよ、俺も段々そんな気がして来てるんだから)
エイダの言葉に心の中で溜息を一つ。どうした物かと場を確認する。
「嫌いだって……シューくんが嫌いだって……」
虚空を見つめ、ぶつぶつと意味のわからない言葉を呟き続けるアキラ。そんなアキラを愛でようと距離を詰める六花。俺は食虫植物の生態を思う。
(見た目で引き寄せて、射程に入れば殺すってなかなか酷い話だなぁ……)
《そんな事を言っている場合じゃないですよ! 御父上が!》
エイダが叫ぶ。脳をシェイクされた様な痛みに耐えつつ、言葉に従いアキラを確認する。
「シューくんが……シューくんが……」
ぶつぶつと呟きながら、この世の終わりと言う様な、今すぐにでも死んでしまうそんな表情をしているアキラ。呼吸が荒い――過呼吸に近い状態だ。
「おい! アキラ!? どうした!?」
バランスを崩し、倒れようとしたアキラを抱える。子供の様に軽く、強く抱きしめたら砕けてしまいそうな程華奢な身体。
《過換気症候群って奴です、兎も角落ち着かせる事です》
(んな事言ったって!)
「おい! シュート! その子は大丈夫なのか!?」
「あぁ! クソが! 氷室! そっちの一階に学食がある! 周りの奴らに付いてけ! 俺はコイツを介抱してくる!」
そう言い、アキラの身体を持ちあげる。現状ではアキラは一人で歩くこともままならないだろう。
《推奨は屋上ですね、一応魔法で屋上にも人は居ません》
(何時もだったら馬鹿ほど人が居るってのに、魔法ってのは便利だな)
そんな事を考えつつ、アキラを抱え廊下を走り、階段を駆け上った。
昼休みともなれば、人で溢れるこの屋上。しかし、今では俺とアキラの二人以外に人の気配は無い。少々の驚きを感じつつも、アキラを日陰に寝かせる。
呼吸が荒い。先ほどの状態と比べればまだマシだが、顔色も悪く、その眼も虚ろだ。
「おい! アキラ! 大丈夫か!?」
声が聞こえているか、意識があるかどうかの判断すら付かない。身体に良くないとは考えつつも、その手を握り、大きな声でアキラを呼ぶ。
「はっ……はっ……」
アキラは俺の手を握り返す事で意識があると伝える。しかしながらその手の力は弱弱しい物で、確りと指先にまで力が入らない状態であると理解する。
(おい! どうすればいい! エイダ! お前ならわかるだろ!)
頭の中で叫ぶ。俺からすれば今やエイダのみが頼りだ。こんな症状のアキラを見たことが無い。更には医学の知識も、殺人に関する物を触り程度でしか持って居無い。
活人等、俺には無縁の物であった。
《私に尋ねる、と言うのですから文句は言わないで下さいね。アキラさんを助けたい、それで良いのですね?》
(ああ、そうだよ、何とかして助けてやらなくちゃ……)
俺にとってアキラは代え難い家族だ。その家族が苦しんでいる、それを見過ごせるような人間では無い。
《――キスしてあげて下さい》
「はぁ!?」
だが、いきなりキスをしろと言われれば、驚くのも仕方あるまい。
「何言ってんだテメェ!」
《先ほど文句は言わないと言ったでしょう!》
「だからどーした! それがどーした! 何がなんとやらだ!」
叫びを上げる。確かにアキラは危険な状態かもしれないがキスをすれば治る等と、冗談染みた言葉を聞かされてはこうもなろう。
《良いんですか! 下手をすれば手遅れになりますよ!》
「……うっ」
エイダが言う。俺としてもそれを言われてはどうしようもない。仕方がないのかと、そう覚悟を決め、アキラを見る。
呼吸は荒く、眼も虚ろ、顔色も悪い。本来であれば心配や不安を感じさせるのだろう。だが、そんな状態だというのに、洩れる吐息が、定まらぬ視線が、青白いその肌が、男の欲望を刺激する。
俺は知らず知らずの内にその唾を飲み、喉を鳴らした。
(これで、親父でなければ……)
《アキラさんも辛いんですよ……集人さん……お願いします……人助けだと思って》
エイダが縋る様な声で言う。その言葉を受け、横になったアキラの頭を軽く持ち上げ、その唇を見つめる。瑞々しく、艶やかなその小さな唇が何かを求め、開いては閉じ、吐息が洩れる。
(キス……しないといけない……助けなくちゃならないんだ)
そう思わされているような感覚もある。だが、一度その唇を眼にしてしまった以上、視線を外す事は出来なかった。貪りたい。思わずにはいられなかった。
「……アキラ」
アキラの耳元で呟く。その言葉を聴き、アキラは手をまた握り締める事で反応を返す。
《集人さん、お願いします》
エイダが言う。俺はアキラのその唇に自らの唇を近づける。その距離は十cm――九、八……だんだんと近づく二人の距離。
「んー……」
もう触れるかと言う程の距離まで近づき、気が付いた。
「直ってるじゃねぇか!?」
頭の位置を後ろに引き、アキラとその距離を離す。それに気が付かなかったのか、アキラは俺の胸に頭を埋めた。
《――はぁあああああ!!!! 今の状況で止めます!? おかしいでしょうアンタ!》
エイダの罵倒が脳裏に響く。俺は胸元のアキラの頭を軽く撫でながらため息を一つ。
(キスしろってどう言う事だ?)
《過呼吸時は紙袋なんかに口と鼻を当てて、呼吸。血中の二酸化炭素濃度を上げるって直し方があるんですよ。なんで人の口で代用するって事ですね。リリンの文化です》
(手遅れって何だ?)
《正しくは過呼吸じゃなくて過換気症候群。言いましたよね? あれ、安心したりするとすぐ直っちゃうんですよね~。なんでキスシーン撮るには時間制限が……》
(俺今ほど、他人を殴れなくて悔しいなんて思った事無いわ)
《そうですか、可哀想でちゅね~、パパのおっぱいかコックでもしゃぶって泣いてたらどうです?》
(お前本当に死ねよ、冗談じゃねーよ、お前)
《しゃぶらせるのでもいいですよ、正直そっちのが売れるでしょうし》
(なぁ、これこっちから切れないの? お前ともう話してたく無い……)
泣きそうになるのを必死に絶えながらまたため息を吐く。
「あっ! シューくん駄目だよっ! ため息吐いたら不幸になるんだよっ!」
「……どの位の時から気分よくなった?」
「シューくんが優しくお姫様抱っこしてくれて」
キャーキャーと赤くした顔を両の手で押さえながらしなを作り左右に身体を揺らすアキラ。
その様はとても可愛らしい、恋する少女のようだった。俺はその姿を見ながら、自分の先までの体勢を思い出し、アキラの言う通りお姫様抱っこであったと理解した。
「で、やさしく手を握ってくれて……」
そう言い、顔を赤く、俯くアキラ。ちらり、ちらりと、上目使いで俺を見る。人によってはこれで堕ちるだろう。もう慣れたものだが。
「そしたらとっても落ち着いて……それでねっ! そしたら、シューくんの顔がすっごく近くにあってっ! そのね……」
アキラは両の手を後ろに回し、もじもじとその小さな身体を揺らす。その行為は女を感じさせるには十分な色香を匂わせる。男ではあるが。その事がまた頭痛の種だ。
「その、何だ?」
何時までも身体を揺らし言葉を続けないアキラに催促する。
アキラはその手を上下に揺らす。話し難い事を話す前にアキラが良くやる「しゃがめ」のジェスチャーだ。俺はそれに従い片ひざを付き、アキラと目線を合わせる。そうしてやると、アキラは視線を逸らしながら、俺の耳元で小さく呟いた。
「続き……しないの?」




